【ポートフォリオ】呼吸困難~愛欲と肉欲~

小説

初めに

この小説は官能小説です。

アダルトな内容となりますので、18歳未満は読まないようお願いします。

第一章 お願い

 あたしはK大学法学部の学生だ。
 性格は至って普通な筈だが、友だちからは「少しキツい」と言われる。口調が強いらしい。そんなこと言われても、ずっとこれで暮らしてきたからな。あと、友だちに言わせるとあたしは誰とも仲良くしたくない空気をまとっているらしい。じゃあ、何故、友だちは友だちをしてくれているんだろう。人間一人にしては友だちの数は多いと思っている。あたしのどこがそんなにいいのだろう。
「見た目」
 友だちにそう率直にずばっと切られるように言われた。そうか、あたしは見た目がいいのか。どう見た目がいいのか、生まれたときからこの顔だからさっぱり分からない。
 顔が良ければ、性格に難があっても友だちはできるもんなんだなと感慨深げに腕を組んでいたときのことである。
「ねえ、有希ちゃん」
「あ?」
 あたしは「ちゃん」付けされるのが嫌いだった。あたしをちゃん付けしてくるのはアイツしかいない。
 顔を上げると、ほらそこには経済学部の堀井里美がいた。見た目はふわふわ系の女子って感じで、男子からモテるタイプの奴。ただし、女子からはすっごく嫌われる。
「里美ね、お願いがあって来たの」
 未だに自分のことを名前で呼ぶ女は嫌いだ。何故、あたしはこんな奴と知り合ってしまったんだっけ。まあ、後で思い出せばいいや。
 堀井は周りをきょろきょろと窺い、誰も近くにいないことを確認すると、こう切り出した。
「有希ちゃん、女の子同士のセックスに興味ある?」
「はあ!?」
 でかい声を出してしまった。そりゃそんなことを言われたら、驚かない人なんて普通いないだろうから。あたしはちょっと彼女に顔を近づけた。
「なんであたしにそれを聞くわけ?」
「え、だって、有希ちゃん、レズでしょ?」
 堀井から顔を離すと、スパンと彼女の頭をぶった。
「いった~い!」
 頭に手をやり、涙目になっている。だが、どこか嬉しそうに見えた。え、もしかして、堀井って……。
「さすが、里美が見出した通りだよ~。有希ちゃん、あなたをスカウトしに来ました」
「スカウト?」
「きちんと報酬は支払うから」
 そう言うと、彼女はカバンの中から一枚の細長い封筒を取り出し、あたしに渡してきた。受け取って中を確認する。こ、これは!
「Hライブハウスの通年VIPパス!」
「それ手に入れるのに苦労したんだよ~」
 どんなコネを使ったというのだ。そういえば、彼女の家は金持ちだと聞いたことがある。それで手に入れたのか。所詮、親の金じゃないか。
「いらない」
「え~? 現金だとダメだからこれにしたのに」
「というか、お願いを先に聞いてから貰うのが普通じゃない?」
 あ、そうかと彼女はピコンと頭の上の電球が光ったような反応を示した。どこまで抜けているんだ? 確か、コイツは学業が優秀だったはずだぞ?
 堀井はすーっと空気を吸い、静かに吐く。そして、こういった。
「里美とセックスして欲しいの」
「は? なんであたしな訳? もっと周りにいい男だっているじゃん」
「男の人に興味ないもん」
 その言葉で彼女のある噂を思い出した。「堀井里美は女と付き合っている」と。
「もしかして、あの噂、本当なわけ?」
「そうだよ」
 サラリと言ってのける。コイツ、思っているより強いかもしれない。でも、付き合っている人がいるなら、何故あたしとセックスを?
「それはするときに言うから」
「それってフェアじゃないよね?」
「こんなこと頼めるの、有希ちゃんしかいないんだよ~」
 あたししかいない理由が「知り合い以上友だち未満だから」と聞かされたとき、今度はグーで殴ってやろうかと思った。
 しかし、少し興味がある。これでも好奇心はある方だ。暇だからついて行ってもいい。
「こんな人の多い場所で聞くのもなんだから、一回、堀井の家に行くよ」
「やった~。ありがとう」
 堀井が立ち上がる。そこで、ふと彼女はこちらを向いた。
「夏ちゃんをエロい目で見てるから、有希ちゃんもそっちの気があるかなって思って、今回誘ったのもある」
 彼女はそう言い残して去っていった。あたしは確かに高田夏に対して、そういった目で見ているが、まさかバレていたとは。誰が何を見ているか分からないから気を付けないと。
 それにしてもあの女、何のためにあたしとセックスしたいなんて言っているんだ? だいたい、女同士でセックスなんてどうやったらできるんだ? 
 あたしは自慰をしたことがある。指を入れて、動かして。でも、痛いだけでそこは全然濡れることはなかった。そんなあたしがセックスなんてできるのだろうか。

   *

「はあ! はひぃん!」
 ベッドサイドにあるライトの仄かな光の中、ぴしゃんぴしゃんと鞭を打つ音が聞こえる。
「もっとちゃんと打ってぇ」
 裸になり、お尻を相手に差し出し、鞭に打たれる一人の女性は南国風美人で、手足はすらりとしている。一方、鞭をふるっている方は全体的に垢ぬけているふわふわ可愛い系の女子で、見た目が相反する2人がライトの下で淫靡なプレイを行っていた。
「真矢、どこが欲しいの? 言わないと、」
 ぴしゃんともうすでに真っ赤に腫れあがっている尻へ鞭を打ち込む。
「ひぃん!」
「真矢は本当にこれが好きだね~。ここも好きかな?」
 ふわふわ可愛い系女子――里美――が真矢の尻をぐっと持った。そして、正確に位置を狙って肛門から陰部に向かって鞭が叩き込まれる。
「はあ、あああああああああ!」
 あまりの痛みに性的快感がMAXになった真矢はそのまま果てた。
 プレイ終わりに軟膏を真矢の尻に塗ってあげるのがいつもの2人である。ひりひりするだろうからと丁寧に優しく揉むこむ手には愛情があった。
「動けなくなるまでするのはなしって言ったけど、つい、やりすぎちゃうよね~」
「いいの。だって、それじゃあ私が満足しないもの」
「はい、軟膏終わったよ」
 ぺちぺちと軽く叩く。まだひりつくだろう尻に追加で刺激を与えられたら普通の人なら怒るだろうが、それだけでも、彼女は嬉しいはずだ。その証拠にすいと顔を近づけ、里美に深い口づけを与えた。
「ありがとう」
 そう言っているように、深く優しく絡みつく。里美は目を閉じて、キスに集中した。

   *

『明日の18時にここ来て』
 地図と共に送られてきたメッセージ。彼女の見た目と喋り方からしたら、簡素なメッセージだった。連絡は短くはっきりとしたいタイプらしいところは好感が持てた。
 地図にあった場所に来てみると、シックなアパートがあった。縦に長く、お金持ちの彼女が住むにはいささか小さいような気がした。玄関で彼女の部屋番号を入力し、鍵を開けてもらう。その後、三階まで移動した。エレベーターでも良かったのだが、面倒だったので階段を使う。三階に着いたら、彼女はエレベーターの扉の前で待っていた。
「なあ」
「わ!」
 背後から声をかけたのは申し訳ないけど、そこまで大きな声を出したら近所迷惑ではないか。堀井はこほんと咳払いをし、「では、どうぞ」と自分の部屋の扉を開けた。
「お邪魔します」
 玄関を入ったら、意外と狭くて驚いた。人ひとりがようやく通れるくらいの幅だ。あたしが廊下に上がらないと彼女も中に入れないらしい。あたしは急いで廊下にあがって、靴を揃えた。それを見て、彼女がくすりと笑い玄関に入る。あたしの品行方正さを見て笑ったのか? 意外だと思ったんだろ。怒りをどうにか抑え、廊下を歩く。
 部屋まで行く間に左手にキッチンとトイレ、お風呂の扉が見える。部屋に入ると、ダイニングとリビング。右手には彼女の寝室らしき部屋が見える。ということは、1LDKか。
 彼女はあたしにソファを勧めると、お茶を淹れに行った。そんなゆっくりしたい訳じゃないのに。
「おまたせ~」
 持ってきたのはココアだ。この真夏にココアを出す奴があるかと思ったが、
「ココアは里美が上手くいれられる唯一の飲み物なんだ~」
 と言うので試しに飲んでみる。確かに美味しい。ココアの粉のざらざらした感じがなくてコクもきちんとある。
「どうやったら、このココアを作ることができるんだ?」
「うーん。里美のお願い聞いてくれたら教えてあげるね」
「そのお願いを今日は聞きに来たんだけど」
 そうだったと手を合わせ、寝室へ何かを取りに行った。戻ってくると、その手には何本かに枝分かれした鞭のようなものが握られている。
「これで里美をぶって欲しいの」
「はあ!?」
 顎が外れるくらい口を大きく開けて驚いた。だって、今日はセックスして欲しいって言うから来たのに。
「これが里美を気持ちよくするの」
 自分の指でさえ気持ちよくならなかったあたしだが、コイツはこの鞭で気持ちよくなれるらしい。個人差って凄いな。そして、何より、コイツやっぱりマゾヒストだったんだな。
 あたしが引いていると、彼女は「お願いします」とあたしの横に座って上目遣いで懇願してきた。
「だったら、SM風俗行けばいいだろ?」
「あそこじゃダメだったの。何故か分からないけど、気持ちいいはずなのに、寂しいっていうか」
 堀井の言っていることはよく分からない。風俗の方がプロだから圧倒的にあたしなんかよりいいはずである。それに金も持っているなら、そっちに行った方が確実なのに。
 彼女には何かがある。そう確信したあたしは残っているココアを飲み干すと、ソファから立ち上がった。
「堀井、貸せ」
 彼女の真意を探るためにもこの屈折した性欲に付き合ってやろうじゃない。

   *

 里美が服を脱いでいくと、真っ白い肌の生まれたての姿になった。腕や脚、首、腰は細く折れてしまいそうだ。二つの乳房は小ぶりながら形が良い。乳首は薄い桃色で、くすみがない。体のラインは筆で曲線を描いたように美しかった。容姿と体の造りを見ると、全体的に少し幼い印象を与えるが、それでも若い女性特有の甘い香りを放って、有希を誘惑している。
 有希はバラむちを持って、
「どうすればいい?」
 彼女に訊いた。
「じゃあ、まず、里美の背中を打って」
「分かった」
(こんなもの人に打っていいものじゃないよな)
 ぺちん。力を弱くして打ったら、枕が飛んできた。
「違うの! もっと強く!」
「お前、してもらっているのに我儘だな!」
 気を取り直して、彼女の背中に向かって渾身の一撃とばかりに腕を振りぬいた。
 ぴしゃん!
「あっ!」
 里美は目を大きく見開き、体を震わせる。
「お、おい。大丈夫か? やっぱりやめた方が」
「いいの。そのままお願い」
(お願いたって、このままじゃこっちも疲れるんだけどな)
 そう思いながらも、また背中に向かって、バラむちを叩き込む。
「あぁん、はあ」
 顔を赤らめて、目をぎゅっと閉じている姿は艶やかで、有希は
(なるほど、これが感じているってことなのか)
 思わず感心をしてしまった。
 里美の背中を見ると、赤い筋が何本も走っている。痛そうだ。これで気持ちよくなれるなんて、本当に変な体質だなと有希は思った。
「はっ、はっ、じゃあ、今度はお尻ぶって」
「お前、こんなに背中赤くなっているのに、お尻なんてぶてるかよ」
「じゃあ、鞭じゃなくて、手でいいから」
 手でなら鞭より痛くないだろう。しかし、手でも抵抗はある。
 里美はいつの間にかベッドサイドに持ってきていたライブハウスの通年チケットを見せびらかす。
「これ手に入れるのにすごーく苦労してバイトしたんだけどな~」
「え? バイト?」
 親からの援助じゃなかったのか。だったら、そのチケットを受け取らない手はない。急に有希のやる気が起きてきた。
「やる! やるから!」
「はい、ベッドの上に乗って座って」
「こうか?」
 有希が正座で座り、里美がその太ももの上に橋をかけるようにうつ伏せで横たわった。有希の右手には里美の桃尻がある。
 彼女は息を止めると、勢いよく手を振りかざした。その勢いを保ったまま、里美の尻へパシーン! と一撃を食らわせる。
「ひゃうん!」
 里美はあまりの快感に唇を震わせる。顔は先ほどよりもぽっと朱色に色づき、荒い息を吐いている。
 その姿に有希はほっとした。
(あれ、なんで、今ほっとしたんだ? まあ、いいか)
 ぱしーん! ぺしーん!
「あっ、きゃうん! んっ!」
 尻叩きのコツを掴んだのか、有希はリズムを微妙に崩しながら里美を責める。
「はら、気持ちいいか? 変態さんよぉ」
「あっ、うん、気持ちいいよぉ~」
 すっかり蕩け切っている。
 尻を叩きながら有希は思う。コイツ、このままだとイけないのではないかと。
「おい、堀井。指、ナカに入れなくてもいいのか?」
「え? いいの?」
 里美が有希を振り向く。汗が滲んだ額に前髪が張り付いて、いつもの可愛い系から大人の女の色気に変わっている。有希はどきっとしたが、気を取り直して、
「入れて動かせばいいんだよね?」
 里美をごろんと寝っ転がらせる。ふふと流し目で里美が見てくる。有希はその目がどうしても気に食わず、ずぼっと彼女の膣内に中指を入れた。
「あん! ちょっと」
 彼女は突然入れたことに注意はしたものの、それ以上は何も言ってこなかった。有希は前に自慰をしたときのことを思い出し、静かに挿入を繰り返してみた。
「あっ、ん、ぬるい~」
 里美が苦情を入れる。
「だって、自分でもそんなしたことないし」
「もっと奥までずっと入れていいんだよ?」
 奥まで、と思いながら指を進める。有希の長い中指が入り切った。
「ぃた」
 小さく声を上げる。
「何が痛いんだ?」
「ううん、何でもない~」
 しかし、痛いならやめた方がいいだろう。引き抜こうとしたら手を掴まれた。
「お願い、待って。ホントなんでもないから」
「そうなの?」
 おそるおそる指をまたナカに入れる。
「あっ、」
 その途中、彼女のイイところを擦ったらしく、有希はニヤリと笑って、そこを重点的に責め始めた。
「あっ、あんっ! いい! イイよっ」
 里美は体をくねらせながら、刺激を受け入れる。有希もコツが分かってきて、ノリノリで里美のナカをかき混ぜる。そして、
「あ、あ、あああああああ!!」
 里美の体が弓なりになる。イったらしいということを有希は認識した。
 指を引き抜くと、彼女の愛蜜でドロドロになっていた。
「指でイったの久しぶり……」
「え?」
「最近こうしてもらったことなかったから……」
 息も絶え絶えにそう告白する彼女はどこか嬉しそうに見えた。

   *

「やっぱりさあ、そんな体質だからって痛いものは痛いの?」
 あたしは純粋な疑問を投げかける。
「うん、痛いよ。痛いけど気持ちいいの」
「ふーん、やっぱり理解できないね」
 あたしは事後のココアを飲みながら、堀井のことを考える。あの「ぃた」は確実に何かが彼女の快感以上に痛みを感じさせたのだ。何だろう。あの時は指を入れていたから、と指を見たら綺麗に揃えられた爪があった。もしかして、この爪が痛かったのだろうか。
「次もよろしくね」
「え、次もあるのかよ。聞いてないぞ」
 確かに楽しかったから良かったものの、何故、コイツを痛めつけねばならんのだ。コイツが罰を受けているならともかく。
「お前、前世で何か犯罪やらかして罰受けたのが原因で、そんな体質で生まれてきたんじゃないのか?」
「それならロマンティックかも~」
 いや、全然ロマンティックじゃないが。コイツはねじが何本も外れているのではないだろうか。
「そうそう、今度の報酬はね」
 うんとは頷いてはいないのに、堀井は話を進めた。この女、マイペースすぎる。
「報酬はこれで~す」
 シニカルロックバンド『ゴーウィ』のライブチケットだった。
「え、マジ? てかなんであたしがゴーウィ好きなの知ってんの?」
「いつもトートバッグにこのバンドのピックか何かつけていたから」
「ああ」
 合点がいった。それいうことならもう一回だけいいかな? なんて。
「いいよ」
「やったー!」
 彼女はあたしに抱きついてきた。
「やめろ!」
 あたしが頬をぶーっと潰すと、へへ~という間抜けな笑い声が聞こえてきた。マジでコイツ掴めない奴だな。あたしは彼女から体を離すと、最後のココアを飲み切った。
「ごちそうさま」
 立ち上がろうとしたら、堀井が裾を引っ張った。
「あのね、有希ちゃん」
「あのな、ちゃん付けやめて」
「絶対、また来てくれるよね?」
 あたしは「ああ」と頷いた。彼女は寂しそうに静かに笑い、
「良かった~」
 裾から手を放す。
 彼女は実は孤独なんじゃないだろうか。直感的にそう思った。

第二章 目醒め

 何故、堀井はあたしにあんなことを頼んだのだろう。他に候補がいないからと言って、そんなに喋ったことのないあたしを普通指名するか?  彼女は何か隠している。この間はそれを見抜けなかったから、今度こそ探し当ててやる。
 スーパーに入ると、野菜と冷蔵庫から発する様々な匂いが鼻をついた。かごも持たずに一直線にお茶売り場に向かった。そこにココアの粉があったはずだ。悔しいことに堀井のせいでココアにすっかりハマってしまった。
 堀井のココアがあんなに美味しいのはひとつまみの塩が入っているからだと聞いた。あと、一生懸命捏ねること。お好みでバターを入れてもいいと言う。
 あたしは言われた通りに作ってみるが、イマイチあの味に近づかない。他にも何か隠していることがあるのだろうか。愛とかぬかしたら泣かせてやる。

 あたしたちは大学ではあまり喋らない、今まで通りの生活を送っている。
 約束の日まであと三日というところで、偶然、堀井が泣きべそをかいているところを目撃した。周りに集まっているのは男子ばかりでオロオロとしている。あたしは興味ないと体の方向を変えた。しかし、堀井が許してくれなかった。
「有希ちゃん!」
「だから、ちゃん付けすんなっつってんだろうが!」
 物凄い剣幕をしているに違いない。その証拠にオロオロするだけで何も役に立たなかった男たちがちりぢりに散っていく。あたしと堀井が取り残されて、頭をガリガリと掻いた。
「で、何があったんだ?」
「お」
「お?」
「お腹空いたの~」
「馬鹿野郎! そんなことでメソメソするんじゃねえ」
 彼女はなじられているのに顔をパーッと明るくさせて、泣くのをやめた。このドMが。
「お腹空いているなら、コンビニなり学食行けばいいだろう」
「もうお金がなくて」
 コイツのうちは金持ちじゃなかったのか? 仕送りとかどうなっているんだ。何か高額なものばかり買っているんじゃ。そこではっとした。あの報酬とやらは堀井自身のお金から出ていることを。
「もしかして、お前、報酬にお金使って……」
「何のことかな?」
 眉を八の字にして、困ったような顔をする堀井。露骨な態度に腹が立つが、あたしも受け取ってしまったので、複雑な気持ちになった。だから、カバンの中から彼女に黒い塊を渡す。
「これは?」
「おにぎり。玉子焼き入りの」
 そう言って、あたしはその場から離れた。彼女の方は見なかった。

 あたしは正直迷っていた。彼女は報酬とやらを用意するために身を切り詰めている。こんな関係、初めからおかしかったのだ。今日で止めにしよう。
 また三階まで上がって彼女の部屋に入る。
 そういえば、彼女の部屋にはソファとテーブル、寝室にはベッドがあるだけで生活感というものがない。なんというか、普段の彼女とのギャップが凄い。
「お前、親からの仕送りとかどうなってんの?」
「ん~?」
 明らかに聞こえていただろうが。彼女にとっては痛い問題なのだろうか。よく見ると、彼女のトップスは安物の生地だ。スカートも丁寧に扱っているからか、ひだは綺麗だが不揃いである。服にもあまり金をかけていないのか。どれだけ彼女は生活に困っているのだろう。そんな中であたしに高価なご褒美を用意するのだから分からない。
「ココアでいい?」
 思考の渦に巻き込まれていたので、はっと自分を取り戻すと何も考えずに返事をした。
「ああ、お願い」
「了解~」
 またココアを飲み終わったら始まるんだ。今日は何をやらされるんだろう。

   *

 今日は服を脱がずに床に座る里美。床に正座で痛くないのだろうかと有希は心配したが、それもマゾヒストにとっては快感になることを思い出して心配するのをやめた。一方の有希はベッドに座って足を組んでいる。
「それで何をすればいいんだ?」
「罵倒して欲しいの」
「はあ」
 要領を得ないように返事をする。罵倒というものをしたことがない。悪口でいいのだろうか。
「馬鹿」
「もっと」
「アホ」
「ちょっと路線が違うんだよ~」
「路線って何だよ。じゃあ、えっと、金持ちの世間知らず」
「いえ、違うの」
「何が違うんだよ! さっきから注文ばっかで……この我儘ド変態!」
「そう! そんな感じ! 有希ちゃんならできると思ってたの~」
 恍惚とした表情を浮かべる。
「きもいんだよ、その顔」
「あっ、いい~」
 手を前で合わせて「ありがたや~」と頭を下げる。
「こんなんで濡れて、人間終わってる」
 その瞬間、有希の体に変化が起きた。もぞもぞと腰がこそばゆいかのように動くのだ。幸いベッドの上だったので、里美には気づかれなかった。
(どうなっているんだ、あたしの体。罵倒するごとにどんどん熱くなっていく)
 それでも有希は続けた。それが自分の使命であるかのように。
「お金持ちだと言ってるけど、本当はお金なんて持ってないんだろ、この詐欺師」
 笑みを浮かべたまま里美は固まっている。言い過ぎたか?
「あの、その……豚」
 「豚」という単語を言ったとき、有希の体には頭から下半身まで雷が落ちたような衝撃が走った。
「ぶ、ぶひ」
 里美はこちらを上目遣いで見つめる。顔を赤くして、舌を出した。
「いや、違うな。お前は豚じゃない犬っころだ。あたしの言うことを聞け」
「わん!」
 とても嬉しそうである。彼女に誘導されて罵っているのかと思ったが、自然と有希の口から言葉が出ていた。
「じゃあ、脱いで」
「はい」
「犬なんだから、『わん』でしょう!」
「わ、わん!」
 いそいそと服を脱ぎ始める里美。その間、有希はパンツの違和感に気が付き、もぞもぞと落ち着きなく体を動かしていた。
 服を脱ぎ終えた彼女に命令した。
「四つん這いになって」
「わん」
「ちょっとタイム。首輪とかないの?」
「え? うん、あるけど」
「して」
 ベッドサイドの引き出しから黒い輪っかを取り出し、自分でつける。しかし、手元が見えないせいでなかなか上手くいかない。見かねた有希が手伝ってあげた。
「ありがとう」
「戻るよ」
 ベッドの上で首輪をした女が四つん這いになっている。
「これで名実ともに犬だな、あはははは」
 段々と楽しくなってきた有希はお尻をポンポンと叩いた。
「あれ? これで気持ちよくなるの猫だっけ? まあ、お前でも気持ちよくなるだろ」
 ポンポンポンポンと叩く。その刺激は緩く、とうてい里美が満足できるものではない。
「ちょっと、そんなんじゃ……!」
「じゃあこれはどうだ?」
 手を振り上げ、右側の尻にパシーンッ! と打った。
「きゃいん!」
「もっと鳴き声聞かせろよな」
 パシンパシン! と尻を叩く。この間、コツを掴んだので有希は慣れた手つきで打ち続ける。
 よく見たら、里美の太ももには愛液が伝って落ちている。有希は尻叩きを止め、その愛液に触れる。
「ほら、見てみろよ。もうこんなに溢れてるぜ」
「有希ちゃんの罵倒が効いたんだよ~」
「ちゃん付けをするな!」
 里美の背中に乗っかると、乳房を鷲掴みにして、強く揉みこむ。
「ん、んあ、はあっ」
 強く揉まれ、乳首が擦れて立ってくる。そこを強くぎゅーっと引っ張った。
「ひゃん!」
「お前にはこれくらいがちょうどいいんだろう?」
 有希はコリコリとした勃ち上がった乳首の感触が楽しくて、押し込んだり、引っ張ったり、潰したりを繰り返す。
「あっ、はあん、んっ」
 力が抜けたのか、がくんと里美の腕と頭が落ちる。つられて有希は里美の背中からベッドの上に落ちた。
「おい、発情期みたいな猫の格好してるぞ」
「い、いい、の。このまま、シて?」
 また背後に移る。首輪をぐいっと引っ張ったら、里美からストップがかかる。
「待って、それだけはしないで……」
 戻ってこれなくなるらしい。有希はよく分からなかったが、そこは踏み込んではいけない領域なんだなと思い、大人しく従った。
 気を取り直して、彼女を責め続けた。

   *

 堀井にトイレを借りた。パンツを下ろすと、糸を引いて、私の股間とパンツを結んでいる。あたしは感動をしていた。まさか、堀井をなじるだけで、あんなに悩んでいたことが解決するなんて。自分は不感症ではなく……。そこではっと我に返った。それってつまり、あたしがサディストってこと? いやいやいや、ありえない。
 トイレがノックされる。
「有希ちゃん大丈夫?」
「ちゃん付けするんじゃねえ」
「うん、大丈夫そう~」
 早くトイレから出なければ。水洗トイレのレバーを回した。
 部屋に入ると、ココアの隣にライブのチケットが置いてあった。二千人箱のライブ会場の整理番号1番のチケットだ。
「いらない」
 あたしは堀井にチケットを返した。彼女が困惑した表情であたしを見ている。
「なんで?」
「それはお前が生活費から出したものなんだろ? 売って生活費の足しにしろよ」
 本音だった。そして、聞きたいことがあるから、チケットを返した。返還は恩売りだ。
「お前、両親とはどうなっているんだ?」
「え? 両親?」
「仕送りとかさ、ないわけ? お前の家、金持ちなんだろ?」
「両親はいないの」
 両親がいない? でも、確かに学校ではコイツは金持ちだということで知れ渡っている。
「あ、えっと、両親はいるんだけど、本当の両親じゃないというか」
 そういうことか。堀井曰く、本当の両親は八歳のときに亡くなっていて、今の両親に引き取られたという。だったら、仕送りだって問題ないはずだ。なのに、どうして?
「里美ね、本当は医学部目指せって言われていたの。でも、経済が学びたくて親に反抗した。そしたら、仕送りはなしだって言われて、自力で生きているの。流石に学費は払ってもらってるけどね」
 一気に喋ったからか、ココアで喉を潤す堀井は今までのふわふわとした浮世離れしたお嬢様とは全然違って見えた。
 堀井は話を変えるように、
「でも、もう有希ちゃんにセックスしてもらえなくなるんだ」
「それのことなんだけど、なんであたしに頼んだの?」
「有希ちゃんには才能があったから」
「才能?」
 堀井はえへへ~と笑う。
「ドSの才能」
 なんだそれは。あたしはそれを聞いて、ふと先ほどのトイレでのことを思い出した。堀井を虐めることで快感を手に入れたあたし。認めたくないけど、染みのできたパンツがそう言っている。
 あたしはため息を吐いた。
「報酬何にしたら、もっと里美とセックスしてくれる?」
「いらない」
「え? どうして?」
「別に。ただ、お前との関係続けてやるよ」
「本当に?」
 彼女はパアアアと顔が太陽のように明るくなる。あたしはそれを見て、ふっと力を抜いた。
「これからもよろしく、有希ちゃん」
「だから、ちゃん付けはやめろ」

   *

 ボールギャグを口に挟み、「フゴフゴ」と言っているのは真矢だ。首には棘のついた首輪が。これは里美が真矢の誕生日にプレゼントしたものだ。真矢はとても愛おしそうに「ありがとう」とお礼を言った。
 その首輪を付けて、今真矢は逆立ちになっている。持ち前のバランス能力で壁に寄りかかっている。
「じゃあ、やるよ~」
「ふごふご」
 言葉が使えないので、こくんと頷く。里美が近づき、彼女の秘所にミントの刺激が強い歯磨き粉を塗る。真矢は股間が熱くなって、逆にスースーしているのを感じながら、
「ふごご」
 入れて、と懇願した。ボールペン2本をゴムでぐるぐるに巻き、ボールペンの2本を互いに前へ後ろへクロスするように回す。ゴムの限界まで回し、ボールペンが離れないようにしっかり握ると、ゆっくりと秘部に入れ始めた。ミントで熱くなって敏感になっているクリトリスと、ナカに入っていくボールペンの束。入れられるところまで入れると、里美はそっと手を放した。
 すると、ボールペンがゴムの力によって戻ろうとXの字に大きく開かれる。当然、真矢の体内でそれが行われているため、真矢の膣は限界まで押し広げられることになる。
「ふごおおおおお」
 歓喜の声をあげる真矢。がくがくと手が揺れ始めて、ベッドに落ちた。
 そんな様子を里美は寂しそうな目で見ていた。

第三章 好きでもないのに

 学食で明太子スパを食べていたら、目の前に友だちの一人である梅田が勝手に座った。
「ここいい?」
「座ってから聞くな」
 まあまあとあたしを宥めながら、いただきますとうどんを啜る。あたしも黙ってスパゲッティを啜っていたら、急に梅田が箸であたしを指してきた。
「あなた、最近、恋人できたでしょう?」
 ごほごほっと咳き込む。あたしに恋人?
「いないんですけど」
「いいや、いるね」
「なんでそう思う?」
「満ち足りた表情をしているから」
 あたしは最近の心当たりを探す。いや、絶対にアイツじゃない。ココアが上手くいれられるようになったこと? いや、だから、アイツのせいじゃないって。
「バイトの時給が上がったから」
 適当に嘘を言った。
「えー、じゃあ、何か奢ってよ」
「なんで、お前に」
 そんな会話をしていたら、すっと学食に入ってくる人間が見えた。ふわふわとした雰囲気がうざったい堀井だ。しかし、あたしは堀井のエロスを感じさせる表情を思い出して、顔が熱くなるのを感じた。
「え、なになに? 意中の人でもいた?」
「いないから」
 慌てて梅田に向き直る。視界の隅で堀井が男に囲まれるのを見てしまった。モヤモヤする。なんだ、このモヤモヤは。
「ま、あんたもいい人見つけなよ」
 いつの間にかうどんを食べ終わっていた梅田がそう言い残して、席を立つ。無言でそれを見送った。
 大学を出てバイトをする。バイトはカフェの店員だ。接客業はあまり好きではないが、それでもコーヒーの香りがするこの空間が好きだ。
「いらっしゃいませ。ご注文は何になさいますか?」
 今日もいつもの通りに接客をこなしていると、ちりんちりんとベルが鳴って、人が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
 南国にいそうな美人だ。背がすらりと高く、黒く長い髪はストレートでサラサラと流れる。女性はニコリと笑って、
「カプチーノをひとつ」
 注文をした。声も落ち着いた風でとても好感が持てた。女性にモテそうな人だった。
 女性がトレーの上にマグカップを載せて去っていくと、またベルがちりんと鳴った。
「いらっしゃいま……」
 顔を上げたらそこには堀井がいた。店の中の男が一斉にカウンターに釘付けになった。やはりこの女、男にモテるのに勿体ない奴だな。
「ココアください」
 ニッコリ笑顔で注文する堀井。わたわたとスマホを取り出し、電子決済でと差し出す。先ほどの落ち着いた女性を見習って欲しい。
 すると、その話題の女性がこちらに近づいてきた。
「里美」
 肩を自然と抱いた。その絵になる光景に、店中からほうっとため息が漏れる。あたしはこの女性が堀井の恋人であることを悟った。面白くない。あたしは堀井にココアを雑に渡し、「休憩しまーす」とエプロンを外した。

 バイトの帰り道、何かが心の中に突っかかってムカムカしながら、道を歩いた。あんな見せつけるようにあたしの目の前で肩を抱かなくてもいいじゃないか。もしかして、あたしと堀井の関係を知っているのか? なら、あれは牽制か。あの人を敵に回したら怖いだろうなあと思いながら、家に着いた。
(あれ? 家の前に誰かいる)
 木造建築の二階建てアパートに住んでいるのだが、その一階部分で足をぶらぶらさせている女がいる。そのシルエットはよく知っている。近づいていくと、
「有希ちゃ~ん」
 手を上げてぶんぶんと振っている。何しに来たんだ。先ほどの彼女は? というより、なんでウチの場所知ってるの?
「ごめんね~。急におしかけて」
「全くの迷惑だよ」
「ひど~い」
 あたしは早く本題に入って、コイツを追い払うかしたかった。腕を組んで貧乏ゆすりのように足をとんとんと地面に打つ。
「今日は何しにいらしたんでしょうか?」
「あの、そのシたくなっちゃって」
「OK。帰れ」
 ここでする話ではなかった。あたしは彼女を気にせずにタンタンと二階に通じる階段を昇っていると、後からついてくる気配がある。
「帰れって言ってるだろ」
 振り向いてあっかんべーをすると、また彼女が泣きべそをかき始めた。うざい奴なはずなのに、今は自分のアパートの前の手前、大声で邪険に扱うこともできなかった。
「ああ、分かったから泣くな」
 廊下を進んで奥から一つ手前の扉の前に立ち、鍵を開ける。扉を開けば、彼女はわーっと歓声を上げる。
「変わってないね~」
「何が?」
「香り。いい匂いがする」
 あたしはコーヒーを淹れることが趣味なので、部屋にはいつでもコーヒーの香りが満ちている。彼女はそれをいい匂いと言う。あれ? 前にそんなこと言われた気がする。
 部屋に上がってもらい、クッションを勧める。
「もしかして、覚えてない? 里美がここ知ってること」
 あたしは頷いた。いつ、堀井を呼んだのか。
「ほら、去年に女子飲みしたでしょう? 里美たち、そこで知り合ったんだよ?」
 思い出した。あの日は酷く疲れていて、酔いが回るのが早くて、記憶が飛んだ。
「里美がここまで有希ちゃんを運んできたの。それも覚えてないだろうけど」
 記憶が飛んでいるときの話をされてむずがゆくなる。あたしの知らないあたしの話をしないでくれ。
「それでこの部屋で、有希ちゃんの才能を見た」
「才能って、ドSの才能ってやつ?」
「そう。それもあるけど、人をMに目覚めさせる才能」
 机の上のマグカップたちを気にせず。ガタンと机を揺らして彼女に顔をズイと近づけえる。
「おい、あたしは何をやったんだ?」
「べ、別に」
 声が上ずっている。別に、な訳がない。あたしは夢中で堀井の襟を掴んだ。
「何をしたんだ?」
 あたしの剣幕で本気で聞きたがっていることが通じたのだろう。堀井はひとつ息を吐くと話し始めた。

   *

「よいしょっと」
 重い有希を引きずりながらなんとか彼女の家に辿り着いた。里美はこの部屋に広がるコーヒーの香りに癒されながら、有希をベッドに運び、そっと寝かせる。顔を上げたら、有希と目が合った。有希の目はトロンとしていてどこか恍惚としているようだった。里美はドキドキと鼓動を鳴らして、その目に釘付けになる。
「水」
 急にはっきりとした声で言うものだから、意識が戻ったのだと思って水を用意した。
「はい、どうぞ」
 里美からグラスを受け取り、一気に口に含むと、彼女の頭をがっと抑えて、いきなり口づけをした。
「ん!? んん!?」
 驚く里美を気にせず水を彼女の口内に流し込む。彼女の鼻はつまんで。鼻はつままれているし、口はぴったりと合わさっているので息ができない。それに有希から水が流れ込んでくる。上手く食道に飲み込めなくてむせた。
「あははは」
 笑いながらベッドを降り、ベッド横にへたり込んでいる里美の顔の横に足を置いた。
「靴下脱がせて」
「なんで」
「あたしの言うことが聞けないわけ?」
 面倒くさい酔っ払いだと思いながら、靴下を丁寧に脱がせてあげた。
(次はどんな注文が来るんだろう。早く帰りたい)
 そう思っていると、今度は里美の服を無理やり引っ張り、白い肩を露わにさせ、その肩に思いっきり噛みついた。
「いった~!」
 思わず声を上げてしまった。すると、有希が口を塞いでくる。
「壁薄いから」
 そして、また肩に噛みつく。鎖骨らへんを噛まれると凄く痛く、里美は袖を噛んで耐えた。
 次はなんだろう。段々と里美は自分がわくわくしていることに驚く。あんなに痛いことされたのに、何故こんなにも楽しみにしているのだろうと。
 しかし、ベッドの上を見たら有希が寝ていた。
「あれ? 終わり?」
「寝る」
 次の瞬間には、もう彼女は深い眠りについていた。

   *

「つまり、あたしのせいでMに目醒めたってわけ?」
「まあ、そうなるかな~」
 あたしは頭を抱えた。コイツの創作ならどれだけ良かっただろう。しかし、薄っすらと覚えがあるので否定ができない。
 コイツにMっ気があった訳ではなくて、あたしがSだったのだ。その事実にあたしは「あはは」と笑いをこぼした。
 こうなったら、コイツの前では何も隠さずに己を解放していくしかない。コイツが始めたことだ。許してくれるだろう。
 あたしは自分の分のココアを飲み干した。前より随分と上達し、お店で出せるくらいになった。手間はかかるけど。
 彼女もコクコクとココアを飲んでいる。そこでいたずら心が沸いた。
 顔を近づけ、彼女の頭をロックすると、唇を合わせる。
「む!?」
 彼女の口の中からココアを貰うように舌を差し入れる。舌を入れるキスは初めてだが話には聞いたことがある。舌と舌を絡めて、彼女のココアを全てあたしの中へ。美味しい。、もっと欲しい。あたしは夢中でぴちゃぴちゃと彼女の口内を舐めまわした。
「んん~! んっ、ふっ、」
 また鼻をつまんだらどうなるかな。あたしは彼女の鼻に手を置こうとしたとき、彼女がドンとあたしを押した。
 はあはあと肩で息をする彼女がこちらを睨んでくる。
「へえ、そういう表情できたんだ」
「好きでもないのにディープキスなんてしないで」
 ズキン。あれ、なんで今、胸が痛んだんだ? 確かにあたしたちは好きでもないのに、相性だけで繋がっている。でも、だからってそんな言い方ないじゃん。
「あー、はいはい。キスはあの彼女さんだけのものってか」
 その言葉に彼女は表情を昏くした。
「何かあったのか?」
「ううん、なんでもないの。ねえ、それよりシよ?」
 そういえば、コイツが今日来た目的がそれだった。あたしはこの壁の薄い家で彼女をどうやって虐めるか考えた。あまり大きな声出して欲しくないんだけれど。あ、そうか。
「じゃあ、オナニーして」
「え?」
「あたしが補助してあげるから。分かったら、うんって言え」
「えあ、はい」

   *

「汚れるから服脱いでいい?」
「ダメ。服着ながらやって」
 里美は困りながらも、トップスの裾をたくし上げ、胸を露わにさせる。服を着たままではブラジャーはホックを外すだけになる。今回はフロントホックだったので、外したらブラがずれて、ゆっくりと胸が。
「へえ」
 人の自慰を見ているだけでも十分面白かった。彼女は前のめりになりながら、自分の胸を揉む。乳首を刺激し始めると、少しずつ息が荒くなってきた。
「お? 人に見られているのに興奮してきたんですか? 変態ですねえ」
 有希の言う補助とは野次である。
 細かくブルブルと震わせ、乳房の頂きを刺激する。
「自分で触っているの気持ちいいか? 虚しくないか?」
 これは純粋な疑問であったが、里美にはなじりに聞こえたらしい。
「あ、は、ぁっ」
 声が出てきた。
「おっと、大きい声出さないでよね。近所迷惑でしょ」
 里美はぎゅっと唇を噛んで、声が漏れないようにした。
「いい加減、胸ばっかり触ってないで下も触ってよ。退屈なんだよね」
 言われた通りに陰部を刺激するために膝立ちになる里美。パンツを下ろすと、もうそこはびっしょりと濡れていて、パンツはテラテラと光っている。
「へえ、そのパンツ穿いて帰るんだぁ。匂いでバレないといいね」
 顔をかあっと赤くさせた。バレたときのことを考えたからだ。里美はそれでも手を止めようとはしない。有希に命令された一点で、彼女は保っていた。
 指をズプと入れる。奥まで入れると、出し入れを開始した。左手は声を出さないように、口に持って行って噛む。
「ふ、んふ、う」
 荒い息だけが聞こえる。声を抑えようとして、噛んでいるところから血が滲んでいる。
(あれも気持ちいいのかな?)
 それよりも彼女の表情が昏いことの方が気になった。何故か、切なそうな顔をしているのだ。彼女の視線の先を見たら、有希の指がある。
「ははーん、さてはあたしの指でシてるのを妄想しながらヤってるな?」
 はっきり言って嬉しかった。彼女が自分の指より有希の指を求めてくれることが。それなら、自分も応えなければと有希は里美の目線と合わせた。そして、ゆっくりと喉に向かっていきガブリと噛んだ。
「あっ!」
 思わず声を出してしまう里美は手でパシパシと有希を叩いた。
「そういうことしちゃうんだ。またディープなキスをお見舞いするけど」
 彼女はふるふると首を横に振る。
 この会話の間、彼女は律儀に指を動かし続けていた。しかし、里美は気づいていた。自分はもう普通の自慰ではイけないことに。
「ねえ、お願いがあるの」
「何?」
「里美をイかせて?」
 有希は舌打ちしながらも、この時を待っていた。爪は里美のためにいつもシャープに削ってある。これを使うときが来たのだ。
 彼女のナカに指を入れると、予想以上の彼女の喜びようで、こちらまで嬉しくなる。
 ナカが収縮し、イったときには、里美の陰部からは少し血が出ていた。

第四章 その名は

「ねえ、私たち別れましょう」
「そんな、待ってくれ」
 そんなやり取りをむっしゃむしゃとポップコーンを食べながら観ていた。よくあるラブストーリーで反吐が出る。こういう事態になってしまったから観ていたものの、やはり自分にはラブストーリーなんて縁遠いものだと分かる。隣では膝を抱えて画面に集中している堀井。
「ねえ、有希ちゃんはさ」
「ちゃん付けやめろ」
「里美に『別れろ』って言ってくれるのかな?」
「はあ?」
 堀井の恋人と言えば、あの南国風の美人だが、何かあったのだろうか。
「他人の命令で別れるようなら、今すぐに別れることをおすすめするね」
「そうだよね~」
 眉を八の字にして笑う彼女。やはりどこか引っ掛かりがあるのだろうか、純粋な笑顔ではない。やはり恋人と上手くいっていないのか。
「現実って厳しいよね~」
 膝の間に頭を埋めて呟く彼女。あたしはただむしゃむしゃとポップコーンを食べ続けた。
 今日、あたしの家に集まったのはまた彼女がシたいと言い出したからだ。
「だから、壁が薄いんだって」
「声抑えるから」
 堀井の噛み跡を思い出す。血が滲んで強い力で噛んでいたんだろうなと分かるそれを見ると、こっちが痛くなってむずむずしてくる。しかし、彼女はあたしの部屋に来て土下座するものだから、
「安い土下座もあったもんだな」
 頭に足を置いてぐりぐりと髪を乱した。
「極上の幸せでございます」
「きもっ」
 彼女の頭を足でぎゅうぎゅう押すと、彼女は服に手をかけ始めた。本気でやる気だ。
 時計を見る。今は金曜日の二十一時だ。
「お、おい!」
「なんですか?」
「一緒に映画観ない?」
 彼女は顔を歪めた。泣く寸前らしい。
「そんなにシたかったのか?」
「違うの。あんまり優しくしないで」
 彼女はぽろぽろと涙を流す。あたしはいたたまれなくなってコンビニへ逃げた。
 コンビニでポップコーンとコーラとお茶を買う。映画を観るならこれくらいあればいいだろう。
 あれ? 何故かわくわくしている自分がいる。アイツと映画観ることを? ありえない。あたしはただ、アイツの変態行動を止めたかっただけだ。
 こうして堀井と映画を観る羽目になった。
「お前、ポップコーン食べないのか? 全部あたしが食べちゃうぞ」
「里美はお茶だけでいいよ。あ、お代渡すね」
「いらんわ、そんなもん」
 見た目に反してきっちりした性格だなと思ったけれど、彼女の育ちを考えれば、自分のものは自分でやると教育されてきたのではないだろうか。
 あたしはポップコーンを一握りすると、彼女を押し倒して馬乗りになり、ポップコーンを口に突っ込む。
「食え。どんどん食え」
「むーむごんん」
 あたしはもぐもぐする彼女の口が終わらないうちに彼女の口をこじ開け、また大量のポップコーンを放り込んだ。
 堀井は水分がなくて苦しいのか、お茶を探している。お茶はあたしが取り上げた。ふふんと鼻を鳴らして笑ってやれば涙目の堀井、彼女にはちょうどいいプレイの一環だろう。
 ようやく口の中のポップコーンがなくなるとむせた。はっはっと肩で息を整え、こちらを見る。
「ごちそうさま」
 本当に強い女だなと思った。ここまで来たらいっそ清々しい。酷いことをされたのに、こんな反応ができるのはきっと心の底から相手を信頼しているに違いない。
 ん? 信頼?
 あたしは腕を組んで頭を傾げた。確かにSMプレイは信頼がないと危険なものかもしれない。コイツが風俗に行きたがらないのもそれが理由なのだろうか。
 あたし、信頼されているのか。
 笑みが零れるのを止めることはできなかった。堀井は不思議そうな顔であたしを凝視している。
「有希ちゃんのそんな顔、初めて見た」
「別に」
 あたしは心の中を読まれたくなくて時計の方を見た。今は二十三時だ。
「お前もう帰ったら?」
「……そうするね。ごめんね、突然押しかけて」
 なんかしおらしいな。家に来たときも何か切羽詰まった感じだったし、本当に何かあったんじゃ。
 聞こうとしたら、彼女は既にあたしの部屋から飛び出していった後だった。
「忍者かよ」

   *

「なんでそんな切ない顔をするようになったの?」
 真矢が自慢の体をさらけ出しながら、里美とキスをしようとしたときである。相手の表情が微妙に変化した。
「誰かとのキスを思い出した?」
 クスリと大人の余裕を見せ、里美の髪の毛をかき上げる。
 真矢の方が里美より三つ年上である。だから、お姉さん面をしてくるのだが、いつも彼女はベッドに寝てばかりである。
 真矢とは半年前にマッチングアプリで出会った。彼女は「自分はマゾです」と公言していて、里美が仲間意識を感じて声をかけたのだ。
 初めて会ったとき、セックスをした。そのときは真矢のマゾを通り越して超がつくほどのドMである本性が隠されていて、里美はまんまと騙され付き合うことになったのだ。おかげで里美が真矢にプレイを施すことに徹するようになり、里美は禁欲的な生活を強いる事態になった。
 付き合い始めての初交渉の日を思い出す、
「里美は脱がないで。私を虐めて」
 それでは不公平ではないかと里美は思った。しかし、真矢という理解者を失くすのは惜しいとして、大人しく従った。彼女のプレイは想像以上にハードで、終わった後は真矢だけでなく里美までくたくたに疲れた。
「何考えているの? ねえ、集中して。来てよ」
 大好きな鞭を取り出して、里美に渡してくる。
 里美は半分泣きながら、真矢に鞭を打った。別に自分も打って欲しいわけではない。ただ、里美ばかり一方的に愛をあげるだけで、彼女は一向に愛をくれない。だから、いつも悲しくなるのだ。
 今だって力任せに鞭を振るっている。肩甲骨から尻にかけて、一本の赤い線ができた。
「あんっ」
 真矢が気持ちよさそうに吠える。
 ぴしゃん! ぴしゃん!
 彼女の背中を打っているうちにこの寝室にあるもの全てに鞭を打ちたくなってきた。サイドテーブルの上のライト、時計、水差し、ヘッドボードの上にある小綺麗な小物や本、観葉植物、アロマストーン。
 真矢を綺麗たらしめる何もかもがムカつく。
 ピシッ!
「あっ!」
 彼女が弓なりになった。同じ場所を打ちすぎて、少し皮膚が破けてしまったのだ。
「ごめん、大丈夫~? 軟膏塗ろう」
 思考を整理するためにリビングに逃げ、見つからないふりをし、ゆっくり時間をかけて軟膏を持ってくる。真矢はベッドに腰をかけて外を見ていた。
「里美はさ、私のこと嫌い?」
 嫌いではない。好きかと言われれば好きだ。
「好きだよ」
「そう。軟膏お願いね」
 ベッドに正座して、真矢の背中に丁寧に軟膏を塗る。
「いっ」
「やっぱり痛い?」
 皮膚が弾けているところは注意深く塗ったはずだが、それでも痛いのだ。里美は罪悪感で押しつぶされそうになる。
「今日の里美、なんだか別人みたいだった」
「どんな風に~?」
「全てを破壊してやろうって感じ」
 里美はそんなことないよと笑った。

   *

 今日は出勤日だったので、カフェのレジに立って接客をする。倉庫内の仕事に移ろうかななんて思っていると、ちりんちりんとベルが鳴る。
「いらっしゃいませ」
 目だけをそちらに向けると、堀井の恋人だった。
「ハロー。カプチーノひとつ」
「かしこまりました」
 カプチーノを渡したのに、彼女はレジに立ったままだ。他にお客さんがいるので、話が聞かれないようにレジにまた戻った。
「まだ何か御用で?」
 小声で話しかけると、彼女が紙を渡してきた。
「じゃあね」
 ウィンクをして去ってしまった。
 紙は二つ折りにされている。それを開くと、フレンドコードらしき文字列と、話がしたいという内容が書かれている。
「めんど」
 店のゴミ箱に捨てようとしたが、そのとき、里美の昏い表情が頭を掠めた。ぐしゃっと手の中で紙を潰し、ポケットに入れた。
 バイトが終わって、フレンドコードを入力すると、「MAYA」と出てきた。あの人はまやという名前なのか。フレンドに追加したら、彼女の方からメッセージが届いた。
『こんにちは、初めまして。真矢です』
「はじめまして。何の用ですか?」
『里美がお世話になっているから、そのお礼が言いたくて』
 ベッドにスマホを投げつけた。結局、コイツらはお互いに好き合っている状態なんじゃないか。あたしと堀井なんて、好きでもないのに相性だけで抱いているというのに。
「そういうので連絡しなくてもいいですから」
『違うの。お願いがあって』
 堀井の「お願い」がフラッシュバックする。アイツのお願いを聞いてしまったがために今あたしは苦しんでいるんだ。
 何故、あたしは堀井のことで苦しんでいるんだ?
『ねえ、あなた。里美のこと好きでしょう』
 は? 時が止まった。
 あたしが堀井のことを好きだって? 勘違いにも程がある。あんなドM女のどこがいいんだ。
『お節介ならごめんなさい。でも、それだけは気づいて欲しくて』
 身勝手な奴!
 またスマホをベッドに投げつけた。
 あたしが堀井のことが好き。その言葉が頭をグルグルと回る。
「堀井に対する感情が恋だって言うのかよ……!」
 薄い壁を気にせず、あたしは叫んだ。
 苦しかったのは、恋だったから? モヤモヤしてたのは、恋だったから?
 いつからあたしは堀井を好きになったんだ。分からない。分からないことが多すぎて、感情が追いつかない。いや、逆に感情が先走りすぎて、理解ができないのだ。
 堀井には恋人がいる。そのことが酷く憎く感じられた。

第五章 別れ

 次の日、げんなりとしながら大学へ向かう。今の時期はもう夏季休暇でほとんど人がいない。そういえば、あたしも実家に帰ってないなと思って後で親に連絡だけしておこうと頭に留めた。
 堀井は家の事情で帰らない方がいいのだろう。
 パシン!
 自分の頬を打って、脳内から堀井を追い出す。頬がひりひり痛い。こんな痛みを快感に変える堀井は本当に変態だな。
 パシン!
 また頬を打った。何故、こんなに堀井のことを考えてしまうのだ。昨晩、眠らずに考えたばかりではないか。
「おや、恋煩いですかい?」
 ひょっこり現れたのは梅田だった。
「お相手はそうねえ、高田さん!」
「んなわけあるか。女だぞ」
 そうだ。感覚が麻痺しているだけで、堀井は女だ。今の時代、同性同士で付き合うことは珍しいことではないが、それでもマイノリティだ。そんな中、堀井と付き合うとして……。
 パシン!
「うわ、びっくりしたぁ」
 自分の頬を打つあたしに驚き、梅田が一歩引いた。
「どうしたのよ最近。何か変わりすぎ」
「どう変わったんだよ」
「なんか楽しそう」
 あたしは声にならない呻きを上げる。
「あたしってそんなに分かりやすいか?」
「いや? なんか今回は特別変わったから、分かりやすいというか。何? やっぱり恋ですか?」
「しつこい!」
 あたしはズンズンと学食に向かって歩き出した。梅田は
「明後日飲みだから来てね」
 と言ってゼミ棟の方へ歩いて行った。
 カレーを食べながら、そういえばそんな連絡が来ていたなとメッセージを確認する。
「げっ」
 堀井も来る予定だ。不思議に思うのだが、女性から嫌われている堀井が女子会に呼ばれるのは何故なのか。嫌な奴なら誘わなければいいじゃんか。もしかして、あたしと同じように堀井も「見た目」だけで呼ばれているのでは。
 また堀井のことを考えている。
 カレーを無心になって食べ、席を立つ。そのとき、スマホが震えた。一旦、おぼんをテーブルの上へ置いてスマホをチェックする。
『真矢です。少しだけ時間ください。Tコーヒーで待っています』
 話とは堀井のことか。あたしは「分かりました」と返事を送ると食器を返却した。
 Tコーヒーの壁は青色に塗られていて、ちょっとレトロな外国感がある。そこのテラス席で暑い中、カプチーノを飲む女性。
「お待たせしました」
 表情を硬くさせて登場すれば、彼女はふふっと笑う。
「そんなにカチコチにならなくていいのに。そんなに心読まれたくないの?」
「そんなところです」
 この人は他人の心が読めるタイプの人だと直感が告げている。だから、心にバリアを張ってどうにか抵抗しようという算段だ。
「今日、呼び出した理由ってなんですか?」
「昨日の答えは出たのかなって」
 彼女はカプチーノを一口飲み、口の周りを丁寧にフキンで拭う。育ちの良さを感じる人だ。
 そんなことよりも、堀井のことが好きか否かって話だった。
「え、ええ。あたしは“友だちとして”彼女が好きですよ」
「嘘」
 即答だった。ずばっと刀で切る勢いだった。
「どうして嘘なんですか?」
「だって……だったら、あの子があんなに愛に満ち足りた表情している訳ないもん」
 彼女の語気がどんどん強くなる。
「私は彼女の愛に飢えている表情が好きなの! 分かる? 分からないなら別にいいのだけれど、あの子のストレス感じてる顔がいじらしくて可愛かったの! なのに、最近、あの子は私を見て寂しい顔をするようになった。 私を憐れんでいるのよ? そんな顔をされたらこっちがたまらないわ!」
「お聞きしますが、そのたまらないはどの意味ですか?」
「興奮するって話よ」
 あたしはバッグを持って立ち上がろうとした。彼女に止められた。
「結局惚気の話じゃないですか」
「違うのよ。私を抱いているとき以外はとても満ち足りた顔をするようになったの。あの子は恋をしたのよ」
「は? あなたとの関係は恋人ですよね?」
「パートナーよ」
 呼び方なんてどうでも良かった。とにかく、堀井が満ち足りているのは本当にあたしのおかげなのか疑わしい。
「それ、本当にあたしのことなんですか?」
「そうよ。だって、あなたたちの関係は二か月前くらいから始まっているでしょう?」
「何故、それを知っているんです」
「あら、私はいつも報告を聞いているの。他の女と寝たときは報告してねって」
 あん畜生。こと細かにこの人に報告していたのかよ。反吐が出そうだ。
「ちょっと!」
 止める声を背にあたしはTコーヒーを出た。

 飲み会の日、堀井がいるから欠席してやろうかと思ったけど、興味の方が勝って、こうしてのこのこと来てしまった。
 一番遅くに行ったので、堀井の右横しか空いていなかった。もう来るんじゃなかったと後悔している。幸い、堀井と隣なので顔を合わせることはない。だから、目の前の梅田と話していた。
 いつものごとくワインを水のように煽る。
「おお、今日も飲んでるねー」
 みんなから歓声が上がる。
「次は日本酒飲む」
 目の前に徳利とお猪口が来たので、自分で注ごうとしたら、横から徳利がひったくられた。
「お猪口持って~」
 堀井が私のお猪口に日本酒を注ぐ。
「あ、ありがとう」
 どぎまぎしながらお礼を言ってしまう。あたしは注がれた日本酒を一気にあおった。
 すると、また堀井が徳利を持って酌をしようとする。
「いいって自分でやるから」
「今の有希ちゃんだと、手がプルプル震えてお猪口に注げないと思うな~」
「そんな訳ないだろ」
 いつも二人でいるときの癖が出て、思わずがっと片手で堀井の頬を掴んでしまった。
 しまったと思った。目の前の彼女を見ると、ニコニコと笑っていて、興奮している素振りはない。人前では性癖は見せないらしい。
 乱雑に頬から手を放すと、あたしは徳利から直接日本酒を飲んだ。
「おかわり」
「いや、もうやめた方が」
 梅田がストップをかける。
「飲んでなきゃやってらんないよ」
 あたしは駄々っ子みたいに酒を要求した。
「仕方ない。水を酒だと信じ込ませよう」
「聞こえてるぞ」
 酒が飲みたかった。ふにゃふにゃになって、もう堀井のことが考えられないくらい脳を溶かしたかった。
「じゃあ、里美のカクテル飲んでいいよ」
「本当か?」
 あたしはカクテルをぐびっとあおった。途端に体内で広がるアルコール。なんだこれは。
「このお店特製の『終わりの始まり』っていうカクテル。アルコール度数は68だから」
 そこから記憶がなくなった。

   *

「も~。有希ちゃん重い~」
 有希を引きずるようにしてやっと彼女の部屋の前に辿り着いた。鍵は彼女が意識を失う前に預かったので、何度目かの彼女の部屋のドアを開ける。
 コーヒーの香りに満ちたこの部屋が大好きだ。落ち着きを感じる。
 ベッドの上に彼女と共に転がるようにして倒れこんだ。
「ふう」
 疲れた。お店からここに来るまでに途中で意識がなくなり全体重が里美の体にのしかかったのだから、凄く苦労して運んだ。
「ちょっと休憩」
 目を閉じる。手の位置を変えたら、パシンと何かに当たった。
「あ、やば」
 珍しく焦った声が出る。おそるおそる顔を有希に向けてみると、里美の手は彼女の頬の上にあった。
「へえ、やろうっての?」
 はっきりした声の有希。いつから意識が戻っていたのだろう。
 それよりも、今のこの里美の右手が問題だ。すぐにどかせば良かったものの、突然のことに固まってしまった。里美は徐々に意識が解凍され、あははと笑う。
「ご、ごめん。これはついというか」
「ついあたしの頬を打ったのか」
「そんなに怒らなくてもいいじゃん~」
 ぷくっと頬を膨らませる。そこにいきなり有希の平手が飛んできて、ぴしゃっと頬を打った。じんじんとじんわりとした熱が頬に広がる。思わず口元をほころばせる。有希の目を見たら、彼女も楽しそうだった。
「もうお前のことなんて知らない」
 馬乗りになって、ぴしゃっと今度は反対の頬をぶつ。今度は強かったのか、赤みが強く出た。
 打った後、どこか寂しそうにしている有希。その感情に里美は覚えがあった。
(里美が真矢さんとシているときと同じ)
 彼女には愛が足りないのだ。そう思ったら、里美は自分に腹が立った。自分の気持ちに蓋をわざとして、有希と接してきたのだから。
 相手の顔を両手で挟むと、馬乗りにされている体を無理やり起き上がらせ、顔を近づける。
「お、おい」
 ちゅっと軽く口付ける。優しく愛を注ぎ込むように、また唇をつける。
 最初、有希は放心していたが、状況を判断したところで反撃に出た。彼女の頭を片手でがっちりと固定すると、鼻を摘まんで深くキスをした。舌を入れて、彼女の口内を犯す。
 彼女は苦しくて、どんどんと有希の肩を叩く。それでも有希は止めなかった。
 互いの唾液が混ざり、ぽたぽたと口の端を伝って落ちていく。
「ん、ふ、んん」
 里美の顔を見ると、目が濁り意識が飛びそうになっている。有希は満足して彼女を放してやった。
「ごほっ、ごほっ、」
 彼女が息を正している間に有希は引き出しから布を二枚持ってきた。そして、ベッドの上に立ち、里美の肩に足をかけると、そのまま足に力を入れて押し倒す。また馬乗りになり、
「好きでもないくせに、なんでキスしたんだ」
「好きだよ。有希ちゃんのこと考えると、息の仕方を忘れて苦しくなるくらい」
「嘘つけ」
 甘い言葉を本気にせず、先ほど持ってきた布をパンと引っ張って張り、彼女の両手をぐるぐる巻きにする。
「え? 今日は縛りプレイ?」
「あと、これな」
 目に布を被せ、頭を上げるように命令すると、彼女の頭の後ろできゅっと結んだ。
 里美は今、目と手が封じられている。何も見えないため、不安だが、相手は有希だ。
「有希ちゃん?」
 返事がない。数十秒間の沈黙が何分にも感じられ、果てには永遠にさえ感じるようになる。それだけ黙られると不安が募る。
「有希ちゃん!」
「大きい声出さないでって言ってんじゃん」
 有希は引き出しに物を取りに行っていたのだ。そのものとはディルドなのだが、男性器を模したところにはたくさんのイボイボがついている。スイッチを入れると、低いバイブ音がブブブと静かな室内に響く。
「え、それってもしかして」
 見えない里美も悟ったようである。
「文句ある? これはあたしが勇気を出して、あなた様のために買ってきたものですけど?」
 ディルドでぺしぺしと里美の唇を叩く。
「うれしい……」
 顔を赤く染め、口を開けてディルドを舐め始める。見えないながら、探り探りぺろぺろと。
 亀頭部分からカリの部分、裏筋を含め全体的に男性にフェラチオをするように彼女はディルドを濡らしていく。
 有希は鼓動を速くさせ、その様子を見ていた。彼女の下は先ほどからの彼女に対する苛めですっかり濡れいている。
(あたしはやっぱり、コイツじゃないと濡れない。たとえ、堀井が真矢にしか求めなくなっても、この先もあたしはコイツでしか)
 悔しくて、里美の口内のディルドを口の奥まで突っ込んだ。
「おえっ」
 彼女がえずく。また有希の陰部が濡れた。
 そろそろいいだろうと思い、彼女のスカートとパンツを脱がす。パンツはお漏らしをしたかのようにびちゃびちゃに濡れていた。彼女が脚を開くと、薄桃色の陰部がテラテラと光っているのが見える。
 有希は珍しく、彼女の美しいアワビの形をした秘所に顔を近づける。そして、思いっきりそこの匂いを嗅ぐ。潮の香りがし、海ではしゃぐ有希と里美の姿が見えた。
 彼女ははっと我に返ると、現実に自分を戻すためにディルドを彼女に挿入した。
「ぃ、ぁ、ぁ」
 指以外の太いものを入れたことがないのか痛がっている。しかし、その痛みも快感となって彼女を襲う。
 イボイボのついたティルドは普通のディルドよりも少しだけ体積が大きく、ただでさえ狭い彼女のナカに入れるのに苦労をする。ぎゅっぎゅと詰めていくと、彼女の声が大きくなる。今日は手が塞がっているため、手で声を抑えることができないのだ。
 有希はまあいいかと自暴自棄に近い感情になった。
(だって、今日で彼女との関係はおしまいなんだから)
「あっ! はあん! あぁん!」
 ディルドを動かす度に彼女の愛蜜がぶしゃぶしゃとかき混ぜられる。ディルドのイボイボのひとつひとつが彼女に刺激を与え膣をごりごりと削るようにして、彼女を追い詰める。
 彼女は蕩け切った頭で、声のことを思い出すと、唇を思いっきり噛んだ。噛んだところから血が滲む。そんな姿を見て、有希は投げやり気味に
「いいよ、声抑えなくて」
 ディルドをぐっと最奥まで押し込んだ。
「ひゃあん!」
 大きい声で啼く里美。口の端からはだらしなく唾液が漏れ出している。
 有希はその姿をスマホで撮った。カシャリと音がして、里美ははっと意識を戻す。
「今、何撮って」
「記念撮影」
「そういうのは許可を取ってからにして」
 最後なのだからいいじゃないかと返事の代わりにディルドを奥の方でゴリゴリと回転させる。そうしながら、陰核にも刺激を与え、彼女を高みに連れていく。
 ディルドのピストン運動と陰核への刺激を繰り返しているうちに彼女の声が詰まってきた。
「あっ、あっ、ああああああぁ!」
 彼女は絶頂を迎え、脚をピンと伸ばした。震えが止まると、力が抜けベッドに沈みこむ。
 手の布と目隠しが取れると、何故かスッキリとした有希がいる。ざわざわと里美は不安に襲われた。
「今日でおしまいにしよう」
「え……」
「だって、堀井は真矢かあたしを選べって言ったら真矢のところに行くだろう」
「選べって、そんなのできないよ」
「強欲」
 有希がスカートとパンツを渡してきた。帰れという意味らしい。
 里美は涙を一筋流したが、それ以上は何も言わずに、服を正して部屋から出て行った。

最終章 愛

 あたしは虚無な生活を送っていた。もうすべてがどうでもいい。カフェのバイトも身が入らなくてミスばかりする。何をしても詰まらない。
 ただ楽しみはあった。アイツに使ったあのディルドの匂いを嗅ぐことだ。まだアイツの匂いが残っている気がしてつい嗅いでしまう。
 自分から手放したはずなのに、何故自分がこんなにも傷ついているのだろう。
 失恋……?
 そうだ、失恋したのだ、あたしは。だって、アイツはあっちに行ってしまったのだから。もう誰にも恋をしたくないくらい、今もアイツのことが好きだった。自分でもどうしようもない。
 家まで送ってもらった日、あたしは実は途中から起きて事態を把握していた。記憶も全部ある。前のように記憶を飛ばすことがなかった。だから、自分が行ったこと、言ったことは全て覚えている。その証拠にスマホにはまだアイツのあられのない姿が残されている。写真をバラまいてやろうとかそんな復讐心などなく、たまに開いては彼女の嬌声や彼女の汗とか汁の匂いを思い出す。アイツは顔が良かったから、蕩け切った顔なんか最高だった。男が見たら一撃でやられるんだろうな。
 行為中はそんなこと思わなかったのに、終わった途端に思い出として彼女のことが五感で蘇る。厄介な女だ。
 彼女が見ていた景色を見たくて四つん這いになってみたりしたけど見ることは叶わなかった。だって、あたしはマゾじゃないし。
 季節は十一月になっていた。朝晩はもう冬といっても差し支えない気温をしていて、昼間もあまり気温が上がらない。あたしは寒がりなので、ベッドの上で毛布にくるまってスマホをいじっていた。そのとき、ピンポーンとチャイムが鳴った。誰だ。
「あの、有希ちゃん。私。里美」
 インターホンから聞こえてくる彼女の小さな声。周りに聞こえないように配慮しているらしい。あたしは思いがけない来客に驚いたが、よく考えたら、この家に来るのはコイツだけだと思い出した。何の話だろう。とりあえず、上がってもらい、話の内容次第では追い出す。
 一応、客なので、ココアを出してやる。彼女は一口飲むと、ほっと一息つく。
「おいしい」
 彼女にそう言ってもらえて良かった。ココアも最初は彼女から教わったものだった。ここ最近、コーヒーばかりでココアを作っていなかったが、腕は鈍っていなかった。
「で、今日は何の用だ」
「別れた」
 はい? と彼女の顔を見ると、真剣な顔をしている。別れたって真矢とか?
「なんで」
「なんでって、有希ちゃんが真矢さんか有希ちゃんか選べって言ったんじゃない」
「はあ!?」
 あの言葉は完全にあたしの負け惜しみだった。冗談のはずだった。それが何故こんなことに。
「だって、好きだったんだろう?」
「里美は有希ちゃんが好きだよ」
 あたしはうーんと唸る。夢でも見ているのではないか。
「真矢とはどうやって別れたんだ」
「大分揉めた。真矢さんの中では里美は自分と付き合いながら、有希ちゃんに抱いてもらうって方向で固まっていたみたい。でも、里美が別れようって言ったら、それは話が違うって。それで一ヶ月くらい話し合っていたの」
「そう、だったんだ」
 あたしは真矢のとんでもない方向性が続かなくて良かったと思った。そんなことをしたら、あたしが嫉妬の炎で焼け死んでしまうだろう。
「有希ちゃんはどうなの?」
「だから、ちゃん付けはやめろって」
「里美のこと好き?」
「真矢からは何て聞いたんだ?」
「教えてくれなかった」
 そこは流石に大人か。
 あたしは改めて聞かれると恥ずかしくてなかなか言い出せない。そんなあたしを見て、堀井は、
「はい、告白ははっきり、声を大きく」
 パンパンと手を叩いて、あたしを煽った。
 その態度にあたしもカチンと来て、立ち上がって堀井を指さした。
「よく聞けよ。あたしだってお前のこと好きだよ。悪いかっ!」
 フンと鼻を鳴らして横を向く。いつまでも無言なのでどうかしたのかと視線だけ彼女に投げる。
 彼女はぼろぼろと泣いていた。
「おい、泣くな」
「だって、安心しちゃって~」
 ティッシュを渡すと、お上品に目元を拭く。彼女の涙が安心の涙だと分かって、ほっとした。これが拒絶の涙だったら、立ち直れなくなるかもしれない。
 あたしってこんなに弱い人間だったっけ。恋ってもしかしたら、自分を弱くする魔法みたいなようなものなのかも。
 あたしはココアを飲む。すると、彼女がスイと近づいてきて、唇を合わせた。舌が侵入してきて、あたしのココアを攫って行こうとする。この間の仕返しか。そう思って、あたしは思いっきり彼女の舌を噛んだ。
「んん!?」
 彼女は驚いて、舌を引っ込めた。追撃とばかりに今度はあたしが舌を入れ、彼女の舌を襲う。ココアの混ざった唾液がお互いの口から漏れる。しかし、あたしたちはキスに夢中でそんなことどうだって良かった。
 唇を離したら、銀橋がかかった。プツリと切れ、服の上に落ちそうになる前に堀井がティッシュでキャッチした。
「なんでキスしたんだ?」
「好きだから」
 あっさりと言いのける彼女は自分と繋がれたことがとても嬉しそうだった。

   *

 ぱしゅん! ペチンッ!
 鞭が空を切る音が鋭く聞こえる。
「あぁん! もっとぉ……」
 里美は背中に打ち付けられた鞭にぶるっと体を震わせた。彼女の背中は既に何本もの赤い筋が走っている。
「もっと? ください、だろ?」
「もっとください」
 バシン!
「きゃうん!」
 今度は背骨に当たり、わずかに腰を落とす里美。
「おい、腰が落ちてるぞ」
 グイと首輪を持ち上げて、体を起こそうとする。首が締まって意識が遠のきそうになる。首絞めにはセックス以上の快感があるというが、里美にとっては首絞めは苦痛でしかなかった。しかし、有希には言わなかった。だって、首輪を持つ彼女がとても嬉しそうだから。
「ほら、腰上げて」
「はい、ご主人様」
 彼女は今、亀甲縛りの下半身だけの股縄を装着している。体の前では親指同士を結ぶ手錠。腰を大きく上げると、縄が大きくクリトリスに食い込み、彼女を淫らかに刺激する。ベッドに頭を埋めて、「んん」と自ら腰を動かした。その姿に満足したのか、有希は屈んで里美の桃尻を掴む。そして、秘所に鼻を近づけると、思いっきり香りを吸った。
「きゃあああああ」
 今日は里美の家なのである程度大声を出しても平気だったが、それでも大きな悲鳴を出してしまい、彼女は口を鎖で繋がれた手で覆った。
 彼女の秘所から鼻を離す。鼻は蜜のせいでテカリを帯びていた。
「なあ、堀井」
「な、何ですか」
「海、行こうか」

   *

 海風が心地よい。わざわざ湘南地区まで来た甲斐がある。
「ねえ、寒い~」
 後ろからついてくる堀井はコートの前をぎゅっと握り、寒さに震えている。もう冬に近いこの季節の海が最高なのになと思いながら、あたしは伸びをした。
 適当に砂浜に座る。あたしは直にドンと座ったが、彼女はハンカチを敷いて座る。
 そのまま無言で夕焼けに照らされた赤い海を見る。
「これが里美たちの初デートでいいんだよね?」
「は? デート?」
 その感覚はなかった。ただ堀井の陰部を吸ったら海に行きたくなっただけだ、彼女と共に。デートと意識した瞬間にあたしは急に恥ずかしくなって、話題を変えた。
「あのさあ、ココアなんだけど」
「ココア? それがどうしたの?」
「どうやったら、お前の味に近づけるのかなって」
「有希ちゃんのも十分おいしいと思うけど」
 あたしは堀井のココアが飲みたかった。だから、研究を一生懸命していたのだから、堀井にココアを褒められるのも違った。
「なあ、教えてくれよ。何を他に入れているんだ?」
「それはねえ」
 息を飲んで彼女の答えを待つ。
「愛」
 あたしは堀井が泣くまでぶった。

完  

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