瑠璃色の潤沢

小説

初めに

 この小説はアダルト向けです。
 未成年の方は読まないよう、お願いします。

第一章 矢作紗枝

「ん、んあ!」
 くちゅくちゅと淫靡な音が響く。水音は一人の女から発せられている。
 女の名前は矢作紗枝。黒髪は漆黒のように深く、肩甲骨ほどで切り揃えられている。
 前髪が汗で額にくっついているが、本人は気づいていない。
 紗枝の前には姿見が一つ。それにはM字に開脚をしている紗枝の姿がうつっている。
 顔は涙袋が目立つが、決して邪魔しているわけではなく、若い女性に人気の顔をしている。目以外に、鼻筋は通っていて、唇は厚い。両親に話を聞いただけだが、どうも東南アジアの血が入っているらしい。
 その彼女は何も着ていない状態で一生懸命に自分を慰めていた。
「ん! あぁん!」
 大きく高い声が1K6畳の部屋に響く。
 隣人はいないし角部屋なので、思いっきり大きな声を出しても聞かれる心配はない。夜なので近隣にも響く可能性があったが、そんなことを気にする余裕もなく紗枝は夢中で自分のナカをかき回す指に集中していた。
 ぐりっと、自分の弱い箇所を指で圧迫した。
「あっ!」
 体を震わせ、熱い息を吐く。姿見が曇った。
 指を引き抜き、ぬるぬるとした愛液をティッシュで拭う。用済みのティッシュをゴミ箱に投げたが、届かずにゴミ箱手前に落ちた。

 このように毎日自慰にふけってばかりいる中毒だが、紗枝は男性経験はある。
 中高一貫の女子校で育った紗枝が共学の大学で出会ったのが、岡本である。岡本は顔は良かったが、ある問題を抱えていた。
「うっ! イくぅ!」
「え、もう?」
 早漏だったのである。しかも、自分が絶頂をしてしまうと、後戯をするわけではなく寝てしまうのである。気持ちよくなりきれていない紗枝は毎度、自分が性欲処理機にされているような気持ちになり、寝てしまった岡本を殴る。
「んがっ」
 それ以上の反応はなく起きようとはしない。
 だから、紗枝はセックスにあまりいい思い出がなかった。
 紗枝は性欲が強い。岡本と交わってから分かったことだ。
 毎日体が疼いて仕方ないし、自分がいいと思ったタイプの顔を動画で見ると、自然と秘部に手を持って行って触っていることだってあった。
 とにかく興奮しやすい体質のせいで、仕事から帰ってから自慰をするルーティンができてしまい、困っている。困っているだけで直そうとは思ってはいないのが紗枝なのである。

 次の日、紗枝は職場である百貨店にいた。紗枝の仕事はインフォメーションカウンターでお客様の対応をすることだ。同僚と一緒に座りながら辺りを見回す。平日だが、人は多く、地下と10階にある催事場に流れていく。
 そんな中、ひと際目立つ格好の人が歩いてきた。
 髪色は青く、ショートカットにしている。耳のピアスが揺れる度に照明を反射し、神々しさを思わせる。
 顔を見た。
 目が筆で書いたような切れ長で、鼻筋もすっと通っている。紗枝と同じくどこか別の国の血が混じっているのだろうか、その姿はまさしく神話に出てくる女神または美少年のようだ。男女か判別できないほど中性的で、そこがまたその人の神々しさを増している。
 面食いの紗枝には食いつかないでどうすると言っているようなものだ。
「すみません」
 声も中性的で男女の判断がつきかねる人がインフォメーションの紗枝に声をかける。
 紗枝はドキドキと鳴る鼓動を抑えながらニコリと笑う。
「いらっしゃいませ。お困りでしょうか? こちらでご案内できます」
「ありがとうございます。あの、アロマを探していて」
 その人は落ち着いたトーンの声の持ち主で、この声で朗読なんかを聞いたら寝る自信があった。
「はい、アロマですね。7階に専門店がございます」
 紗枝はパンフレットで説明をするためにその人に近づいた。その人からはふんわりとカモミールの香りがした。花屋で働いていたときに花言葉を覚えたことがあり、その時にカモミールは『あなたを癒す』だということを知った。そして、今目の前にいる人はまさしく紗枝の心を癒している。
「どうかしましたか?」
 紗枝のことを不思議そうに見ているその人。紗枝ははっとすると、「申し訳ございません」と謝り、案内を再開した。
 お礼を言い、手を振る。その気さくさが彼女の近寄りがたい風貌を緩和してくれ、親しみやすさが増す。
 魅力的な人に出会ったと、紗枝はテンションが上がった。
「あのー……」
 40代くらいの女性が話かけてくる。香りの強い香水をつけているようで、きつい匂いをふりまいている。先ほどのカモミールの余韻が消えてしまった。紗枝は残念がりながら笑顔を作った。
「はい、なんでございましょうか」
「ハンカチが落ちているんですけど」
 紗枝がカウンターから出て確認すると、確かに深い青色のハンカチが落ちていた。拾い上げ確認したら、刺繍で「Y・T」とある。先ほどの人が落としていったのだろうか。刺繍が入っているということはプレゼントに違いない。
 見つけてくれた女性にお礼を述べ、カウンターに戻る。
「それどうする? さっきの人のじゃない? カウンター預かりにしちゃう?」
 同僚が話しかけてくる。
「うん、そうだね。気づいてここに来るかもしれないし」
 半分下心を持って言った。

 その夜、紗枝は部屋に戻るとすぐに服を脱いだ。
 パンツを脱いだらもうそこは愛液でしみしみである。電車の中で自分の秘部から流れ出るジュースを止める術は持っていなかった。
(早く! 早く家に!)
 タイトなスカートを穿いているため染みが周りにバレないか心配だった。最寄駅を降りたらダッシュで家へ帰る。そして、服を脱ぎ去ったのだ。
 もう秘所はしどしどに濡れているので、慣らす必要はない。しかし、紗枝は自分の脳内で止まらない妄想の通りにしたかった。
(紗枝)
 脳内のあの人が声をかける。昼間のカモミールの人だ。低い声で紗枝に呼びかける。
(もうココがぐっしょりと濡れているよ)
 そう妄想して、ゆっくりと陰唇に指を沿わせる。
「……ん」
(ほら見て、紗枝。あなたの愛蜜。……美味しいよ。紗枝も舐めてみなよ)
 紗枝は自分の指を舐める。口の中には磯っぽい味がする。広大な海を思わせた。
「ねえ、早くぅ」
 割れ目をちゅちゅちゅと撫でていた紗枝は脳内の中の人に懇願した。
(仕方ないな、紗枝は。淫乱なんだから)
「そんなこと言わないでえ。早くちょうだい」
 体をくねらせ、いない相手に欲しいアピールをする。
 待望の指をナカに入れた。そして、ゆっくりと回す。
「あっ、はあ、あ」
 くちゃりくちゃりと音を立てるように掻き回す。愛液が泡立って太ももを伝っていく。
 あまりの焦りに、立ったまま自慰をしていたのである。
(ねえ、ベッドに横になって)
 紗枝は喜んでベッドに横になる。スプリングがぎしっと鳴った。
(そう、脚を開いて)
 ゆっくりとMの字に脚を開く。本当に相手がいたら、陰部が丸見えであろう。
 紅色の陰部は決してくすんでいる訳ではなく、ぽっと花が咲いているように優美である。その陰部を持ち主の指が這う。いつもは姿見の前でするのだが、今日は目の前に姿見はない。
 手探りで探っていくと、本当に自分の指ではない感覚が襲ってきた。
(紗枝、力を抜いて)
「あっ! んふっ!」
 段々と妄想の世界が現実にあるように思えてきた。これはあの人の指。手は見られなかったけど、きっと綺麗な指をしているのだろう。長くて筋張った……。
 そこで紗枝はハッとした。考えに没頭しすぎて指が動いてなかったのである。
 急いであの人を脳内に呼び出そうとした。しかし、現れなかった。
 不完全燃焼のまま、紗枝は自分のナカから指を抜いた。

第二章 隣人

 翌朝、悶々としていた紗枝はゴミ収集日だということに寸前まで気づかなかった。
 急いでゴミを捨て終えると、向こうの方から大家さんが歩いてくる。
「おはようございます」
「紗枝ちゃん、おはよう。今日は遅番?」
「そうなんです」
 大家さんはニコニコと笑顔の絶えない温かみ溢れる人だ。紗枝はこのアパートに住んで六年だが、大家さんには色々助けられている。
 そんな大家さんが少しソワソワしている。どうしたのだろうと紗枝は首を傾げた。
「あのね、紗枝ちゃん」
「はい、なんでしょう」
 大家さんの声が硬かったので、紗枝の自慰が近隣の迷惑になっているのではと思った。
「すみません!」
「え、どうしたの?」
 きょとんとしている彼女を見たら、自分の早とちりであることが分かり、一気に顔が熱くなった。
「なんでもないんです」
「そう。何かあったら言ってね。そうそう、紗枝ちゃんの隣に人が越してくるわよ」
「えっ」
 何もかもがすっ飛んで、頭の中が真っ白になった。
(隣人……やばい)
「それはいつですか?」
「今日」
 急すぎると紗枝は口に出しそうになったが、どうにか我慢をした。
 大家さんは「それじゃ」と言って去っていった。
 男か女かくらい教えてくれてもいいのにと不貞腐れた。

「ごゆっくりお過ごしくださいませ」
 勤務についた紗枝は丁寧にお辞儀をして老夫婦を見送った。厄介な相手だったので、対応に疲れた。
「おつかれ」
 隣の同僚が声をかけてくれる。この同僚とは新卒からの仲なので、変に気を使わなくてもいい。同僚は短く切り揃えた髪をさらっと流す。手首からは香水の香りが漂った。
「その香水いいね」
「うん。紗枝も付けたら?」
「香水かー……」
 香りの話をしていたら、昨日のあの人を思い出した。あの人の香りは鼻につく感じではなく、上品に香っていた。アロマを探していたのだからアロマの香りだろうか。
 そんなことを想っていたら、同僚が紗枝の袖を引っ張った。
「ほら、あの人」
 彼女が見ている方向を向いたら、青い色の髪の人が歩いてくるのが見えた。昨日の人だ。
 紗枝は逸る心を抑えて、その人に一礼した。
「あの、ハンカチって落ちていませんでしたか? もしかして、ここじゃなくて落とし物センターがあるとか?」
「どういったハンカチでしょうか?」
 紗枝の頭に昨日の深い青色のハンカチが思い浮かぶ。
 その人は首の後ろ側を触った。腕を動かした影響か、またふわっとカモミールの香りが鼻腔に広がる。
 ショートカットの髪は一見、千円カットで切ってもらったような雑さを思わせるが、細かく段が入っていて小さなところで美容師の技術が見られる。
「刺繍で『Y・T』って書いてあるハンカチです」
「それなら昨日、カウンターの前に落ちていました。こちらでよろしいですか?」
「そう、これ!」
 声が興奮で高くなった。この人は女性だ。性別が今分かった。
「では、受け取りのサインをこちらにしてもらえますか」
 紗枝は昨日、この女性で自分を慰めていたのかと思うと、申し訳なさと、女子校時代を思い出して懐かしい気持ちになった。中性的な女性がモテる学校だったのだ。
 女性はサインで『高梨優璃』と書いた。
「いいお名前ですね」
 思わず褒めていた。
「ありがとう」
 女性――優璃はニコリと笑い、出口に向かって歩いて行った。
「あの人、見た目きついけど、凄い美人よね」
 同僚が紗枝に耳打ちした。紗枝は夢心地で空返事をする。
(優璃……なんて素敵なの! あの去り際の笑顔! 人間もできていて、大人って感じするわ)
 はあと紗枝は大きなため息を吐いた。熱く湿った息であった。
 脚を動かすと、パンツが湿り気を帯びていることが分かる。優璃のことを考えるだけで濡れる体になってしまった。
「紗枝、大丈夫?」
「うん」
 いけない。勤務中で目の前では人がたくさん通行している。こんなところで自慰を始めては職を失うどころの騒ぎではない。
 続きを早くしたい。しかも、今日はお愉しみが届く日だ。
 仕事をしていて初めて早く帰りたいと思った。

 家へ帰ると、隣の部屋の電気が点いている。
(そうだ。今日引っ越してくるって)
 この壁の薄いアパートの隣人がいる状態で、自分を慰めてもいいものかと悩んだが、布でも噛んでいれば声は漏れないと考えた。
 ドアの前に置き配の荷物がある。これが今日楽しみだったものだ。
 箱を持つと、ガチャと音がした。左側を見たら、なんとそこには優璃がいた。
「え? 嘘……」
「あーえっと、こんばんは」
 声はアルト寄りのテノールだ。男性の声だった。
 しかし、青色の髪とピアスと顔がまるっきり優璃なのだ。紗枝は混乱した。
「大丈夫?」
 男性が怪訝そうな顔でこちらを見る。紗枝は慌てて挨拶をした。
「あ、こんばんは。ごめんなさい、知り合いに似ていたから」
「ふーん、なるほどね」
 男性は合点がいったように独り言ちた。
 男性をよく観察してみる。よく見たら、喉ぼとけが出ているのが分かる。首は細い方で喉ぼとけが異様に存在感がある。体格は細く少年のようである。
 そういえば、優璃も体格は発育途中で止まってしまって背だけ伸びた少女のようである。
 男性は優璃と関係があるのだろうか。
「俺、そんなに珍しい? ああ、頭がこんなんだもんな」
「髪質が綺麗で羨ましいなあって」
「嘘つけ。まあいいや。俺、瑠依。よろしく」
「私は紗枝です。よろしく」
 瑠依が名前で自己紹介してきたので、紗枝も思わず名前で返してしまった。
 なんというか、優璃も瑠依も人を惹きつける魅力がある。思わず、こちらは彼女たちに翻弄されるのである。
「じゃ、そういうことだから」
 瑠依は扉を閉めた。
 人の良さそうな隣人で良かったと胸をなでおろした。

 部屋に入り、さっそく箱を開ければ卵型のローターがそこに。横には潤滑ゼリーもついている。
 わくわくが止まらない紗枝はさっそく服を脱いで、姿見の前にしゃがんだ。脚を大きく開き、鮮やかな紅色の陰唇に潤滑ゼリーを塗った。潤滑ゼリーは思っていたよりぬるぬるしておらず大丈夫かと思ったが、ローターを早く当てたい気持ちが勝ってスイッチを押した。
 ヴヴヴヴ……。
 低い音を立ててローターが細かく振動をする。これでもまだ最小レベルだ。
「あ、そうだ」
 パジャマで使っているTシャツを持ってきた。これを噛んで声を抑える算段だ。
 ローターが徐々に秘部に近づく。紗枝は犬のように息をへっへっへと荒くし、その時を待つ。
 ずるっ。ぬちゃ。
「くうう」
 いきなり陰核へ刺激を与えてしまった。歯を食いしばってシャツが口から抜けないようにする。
 しかし、陰核に押しつけていたローターをくりくりと刺激を与えたら、陰核が段々と快感を生むようになってきたのか気持ちよくて、紗枝は大きく短い声を上げた。
「あん!」
 床に落ちたシャツには唾液がたっぷり染み込んでいて、口とシャツが銀糸で繋がっている。
 大きな声を出せば隣に聞こえる。しかし、今快感の渦の中にいる紗枝にはそれさえも興奮材料になった。
「あっ! はァん! クリ! クリきもちいいいいい」
 上を向き、右手でローターを必死に動かす紗枝。お尻は床に着き、しなやかな細い脚を大きく広げて姿見に映っている姿は体操選手のようであった。
「あっ、やばっ、はっ、はあっ」
 ナカをまさぐるようにローターをグリグリと進める。紗枝はヴヴヴと振動する卵が入ってくる感覚を初めて味わうので、額に汗を滲ませた。
「くっ! ふぅん! あっ、すごっ! あぁん!」
 いつも通りの大きい嬌声になっていたが、本人は気づかない。隣のことも気にしていない。紗枝は自分の世界に入り浸った。
「はう! あう! あああん!」
 頂きを登り切った紗枝は痙攣していた脚を下ろした。
 荒い息が部屋に散漫する。すると、自分の息以外の息遣いが聞こえてくるではないか。
 それは隣の部屋からだ。はっはっと短く荒い息。
 紗枝は息を殺して壁に耳を当てた。荒い息遣いの他に、何か粘りのあるものの音がする。
(もしかして、向こうも?)
 そんなに壁が薄かったのかと思い、いい加減引っ越そうかと決意した。

第三章 高梨優璃

 潤滑ゼリーが体中についているので、洗い流そうとボディソープをプッシュしたらシュコという音がするだけで肝心の中身が出てこなかった。
「嘘ー!」
 仕方ないので牛乳石鹸で体を洗った。
 体を拭きながら、明日はオフであることを思い出し、ボディソープを買いに都心に出ることにした。使っているボディソープはある商業施設の中にしか売っていなかった。
「ついでに気になっていたカフェにでも行こうかな」
 お風呂から出て隣の部屋を窺う。瑠依は寝てしまったのだろうか。先ほどのは自慰だったのだろうか。聞くに聞けない話題なので、紗枝は心に封じることにした。
 丁寧に絹のような漆黒の髪を梳かす。洗った直後なので、明かりを反射して流れるように美しく光っていた。
 一番自信があるところと言えば髪だ。生まれてこの方染髪をしたことがない。漆黒の髪は生まれながらのものだ。
 そこでふと、優璃と瑠依のことを思い出す。二人は青髪だ。何を考えて、青色にしたのだろうかと紗枝は思った。
(私も髪を染めてみようかな)
 一房自分の髪の毛を持って二人――主に優璃に想いを馳せた。

 翌日、電車で新宿に出た。平日なのに外国人観光客がたくさんいて、人が多く感じる。基本的に平日休みな紗枝は休日の混み具合を最近見ていない。人を避けながら歩く新宿はこれでも空いている方ではある。やっと目的の場所に辿り着き、ふーっと息を吐いた。
 今は春であるため、まだ過ごしやすい陽気であるが、日差しが強く歩いていると自然と汗が出る。
 ハンカチで風を送るように仰ぐ。
 目的のお店は入った瞬間、さまざまな甘い香りが鼻をついた。毎度、この匂いにうっとなるが、ここにしかボディソープが売ってないのでガマンをしている。
 店内を見回すと、女性ばかりいる中にひと際目立つ髪色をした、細く背の高い女性がいた。棚の前で随分と悩んでいる様子である。
「こんにちは」
 紗枝は思い切って声をかけてみた。
「あ、受付の……」
 優璃は紗枝を覚えていたようである。紗枝は心が高鳴った。
 ニコリと笑い、「こんにちは」と返す優璃からキラキラと輝きが出ているようで紗枝は眩しくて目を細めた。
「えっと、」
 彼女は紗枝を何と呼んでいいか知らなかったので困っている。紗枝はいつもの営業スマイルではなく、子供のように笑い名乗る。
「紗枝、です。よろしくお願いします」
「紗枝さん。私は優璃です。あ、知ってるか」
 彼女は自分の口を抑えた。
「何か悩んでいらっしゃいましたけど、お探しのものでも?」
 紗枝が尋ねた。
「そんなに堅苦しくなくていいわ。弟の引越し祝いを探していたのよ」
「ああ、そうなの」
 紗枝は優璃に合わせてタメ口で話した。
 優璃の弟?
 思い浮かんだのは隣に引っ越してきた瑠依である。彼女とそっくりで同じ髪色で同じピアスをしていれば、どう考えても姉弟である。
「何を探していたの?」
「それが……弟に何をあげればいいか分からないの」
 プレゼントをお互いに渡しすぎて、アイディア切れだと言う。
「じゃあ、ルームフレグランスとかはどう? 引っ越したばかりなんでしょう?」
「ああ、いいね。ムスク系の香りなら弟も使えるかな」
「いっそ、バニラの香りにしちゃうとか?」
 優璃はふふっと笑った。その仕草がとても女性らしくて、紗枝はドキリとした。この店中に漂う甘い香りが紗枝の頭をトロトロと溶かしているように、優璃の仕草言動ひとつひとつに夢中になる。
「じゃあ、紗枝さんおすすめでバニラにしちゃお」
 優璃はルームフレグランスを持ってレジへ向かう。
 紗枝はその背中をぼーっと見ていたが、ここに来た目的を忘れているのを思い出した。急いでボディソープを探しに行った。
 精算し、店の出口へ行くと優璃が立っていた。
「買えた?」
「待っててくれたの?」
 優璃の優しさが嬉しかった。
「この後、用事ある?」
「気になっているカフェに行くくらいかな」
「一緒に行っていい?」
 紗枝は有頂天になった。優璃とデートだ! と心の中で叫んだ。
 歩き出すとき、優璃の腕にそっと自分の腕を絡める。優璃は特に気にすることなく、私と歩幅を合わせて歩いてくれた。
(並みの男では満足できなくなりそう)
 元々面食いの紗枝は中もいい人を見付けてしまったので、紗枝はもう戻れないと思った。
 カフェはフランス風のオープンカフェだった。
「天気もいいし、外でいいよね」
「うん」
 二人は道路に面した席に座った。メニューを見ると、ワインの品ぞろえが多い。レストランも兼ねているらしい。
「紗枝さん決めた?」
「カプチーノかな。あとここはレモンタルトが美味しいらしいの」
「そうなの? じゃあ、私も」
 店員に目線を送ると、「ご注文は?」と尋ねてくる。滑らかに注文をする優璃。紗枝は思わず、声に聞き惚れた。低いが、女性特有の柔らかさもある声。
「優璃さんも引っ越してきたの?」
「そう。仕事場が変わってね」
 優璃は頬に手を当てた。歯痛があるような苦い顔をしている。紗枝は本能的に優璃が嘘をついていると察した。しかし、突っ込まなかった。
 話題を変えるように紗枝は優璃に聞いた。
「アロマは趣味?」
「うーん、うん」
「へえ」
 あいまいな返事から、何か事情があるセラピストなのかなと紗枝は勝手に思った。
「アロマってトリートメントとかするの? 私触れたことなくて」
「じゃあ、うち来る?」
「いいの?」
 思いがけず彼女の家に行くことになった。紗枝は人の家に行くのは久しぶりなので緊張する。レモンタルトが美味しいという噂だったが、緊張で舌が鈍ってしまった。
「おいしいね」
「う、うん」
 カプチーノでタルトのメレンゲを流した。甘酸っぱいレモンの風味はミルクとあまり合わなかった。

 優璃の家は紗枝の家から二駅新宿寄りのところにあった。
「お邪魔しまーす」
 玄関に入れば、柑橘系の香りが鼻をくすぐった。爽やかなお出迎えだ。先ほどのレモンタルトを思い出し、本当はこんな風に口いっぱいに香りが広がるはずだったんだろうなと悔しがった。
 スリッパを履いて綺麗な廊下を進む。柑橘系の香りが遠ざかって行った。
 リビングへ通じる扉を開けたら、ふわっとカモミールの香りが広がった。彼女と同じ香りだ。優璃に抱かれている感覚に一瞬陥った。
「ソファに座って」
「あ、うん」
 遠慮がちにソファに座る。ふかふかのソファに座りながら、周りを見渡す。
 棚の上にはアロマの瓶が並んでいる。壁には意外にも洋画のポスターが貼られている。
「映画好きなの?」
 キッチンに立つ優璃に話しかけると「うん」と言いながら、ティーポットを持ってきた。
「はい、これ。ハーブティー」
「ありがとう」
 カップを受け取るとじわりと熱さが手に伝わる。一口飲むとフローラル系の香りとバニラの甘い香りが口いっぱいに広がった。
「これ何のハーブティー? 飲んだことない香りする」
「それはイランイランティー」
 そうなんだと紗枝は思いながら、コクコクと飲む。
「イランイランもアロマあるの?」
「あるよ。待ってね」
 棚からアロマ瓶の詰まった箱を取り出し、紗枝の前に並べる。その中から一瓶すっと取った。
「これがイランイラン」
 香りを嗅ぐ。エキゾチックでなんともセクシーな香りがした。
「これディフューザーに入れようか」
 しばらくすると部屋中にイランイランの香りが広がった。
「凄い。異国みたい」
「ふふ」
 優璃は妖しい笑いをした。
「優璃さん?」
「マッサージしてあげようか?」
 そうだ。そのために優璃の部屋に来たのだ。しかし、部屋に入るだけで気持ちが満たされてしまった。
「いいよ。そこまでしてもらわなくて」
「私がしたいの」
 紗枝はよくよく考えた。このエキゾチックな香りに包まれてマッサージを受けるとはなんて贅沢。本当なら一万円ほどするコースではないか。それをプロのセラピストが無料でしてくれる。だったら、お言葉に甘えてマッサージを受けた方が、遠慮するよりずっといいはずである。
「じゃあ、お願いしようかな」
「うん。寝室来て」
 紗枝の手を優璃が引いて秘密の園へと誘う。寝室もエキゾチックな香りがした。
「これはジャスミンの香り」
 イランイランの香りが寝室に流れ込む。ジャスミンと合わさって、エキゾチックな異国情緒溢れる空間である。
 強烈な香りに脳が麻痺したのか、紗枝はぼーっとした。まるで催眠術にかけられているようだ。かけてもらった経験はなかったが。
「服脱いで」
「全部?」
「そう」
 言われるがままに紗枝は薄手のテロンとした生地のシャツを脱ぐ。アンダーシャツも下着もすべて取り去る。現れたのはたっぷりと実った重量感のある乳房だった。
「すごく大きい……触ってもいい?」
「あんまり見ないでね」
 優璃は震える手で紗枝の胸を突いた。弾力がありながらもふるるんと震える乳房。優璃の手が少しずつ大胆になっていき、しまいには乳房を掴むように揉んだ。
「あっ、ん。ちょ、ちょっと」
「気持ちいい……紗枝さんは気持ちよくないの?」
 首を横に振った。その時、漆黒の髪が扇状に美しく広がり、薄暗い部屋の中でも黒は闇に溶けず、存在感を示した。
「髪も綺麗。この細いながらもしっかりした滑らかな髪。紗枝さん全部が綺麗」
 胸を触りながら、紗枝の髪にキスをした。
 自分ばかり責められては不公平な気がして、紗枝は頼んだ。
「優璃さんのも見せて」
「え、私のは紗枝さんみたいに綺麗じゃないよ」
「そんなことない」
 強い口調で言うと、優璃はゆっくりと恥ずかしながら服を脱ぎ始めた。まるで初めて公衆浴場に行ったときのように。
 シャツ含め、ズボンまで脱いだ。その間に紗枝もスカートとショーツを躊躇いなく脱ぐ。
 二人は生まれた姿になり、向き合った。
 身長が異なるので、紗枝は今、優璃の喉を見ていた。そういえば、と瑠依は喉ぼとけが首の割に大きかったことを思い出す。やはり優璃に喉ぼとけを付ければ、瑠依になる。
 発育の止まった少女のような体型は、中性的な優璃に神聖さを思わせた。
「優璃さんの乳首凄く桃色でしゃぶりつきたくなっちゃう」
「紗枝さんのも、色鮮やかでラズベリーみたい」
 近づいて行って、ぎゅっと抱きしめる。胸がほぼ平らの優璃と豊満なバストを持つ紗枝が合体した。しかし、身長差があるので、乳首は合わなかった。
「寝たら身長差なくなるんじゃない?」
 紗枝が提案し、二人がベッドに倒れこむ。ふかふかのベッドが軋み、二人を受け入れた。
 ベッドの上で顔を見合わせる。先ほどは喉を見ていたが、今は彼女の目を見た。こげ茶色の目をした優璃は宝石が散りばめられたように光っていて、真っすぐ紗枝の目を見つめている。
「紗枝さんの目、混じりけのない黒で羨ましい」
「目を褒められたの初めてだ」
 紗枝が笑うと、優璃も笑う。
 優璃が紗枝の頬にそっと手を添える。意図を察した紗枝が彼女に手を添える。ゆっくりと顔を近づけると、軽いキスをした。その時、ぴりりと快感の電流が体を刺激する。
「キスして良かった?」
「した後に聞く? でも、優璃の唇、薄くて食べやすい」
「紗枝さんのはムチムチして触り心地がいいね」
 そう言いながら、吐息がかかる位置まで近づいていた。そのまま二人は抱き合って口づけを交わす。
 ちゅっ、ちゅぷ。
 軽い口づけから徐々に濃厚なキスへ……。
 舌を使うキスどころか、キス自体、岡本として以来なので、随分と時が経っている。紗枝は探り探り舌を優璃の口内へ入れたが、逆に絡め取られてしまった。優璃の顔を見れば、珍しく勝ち誇ったような顔をしている。紗枝はその顔に胸打たれて、下が濡れるのが分かった。
 キスを夢中でしていたら、いつの間にか優璃が紗枝に跨っていた。
 顔を離し、優璃が上体を起こす。跨っている優璃のひんやりとしたぬめりが紗枝のお腹に当たる。
「ふふっ。キスだけで濡れてる」
「紗枝さんだって」
 優璃が体を後ろにずらし、紗枝の秘密の花園を覗き込む。そして、すっと指で触れる。
「ほら」
 愛液は薄明かりの中でもテラテラと光っている。紗枝はかっと頬を赤く染めた。いつもは自分のを見て恥ずかしくないのに、優璃には「見つかってしまった」感があり、秘密を暴かれたようで羞恥を感じる。
「紗枝さんのココあったかい」
 太ももでがっちりと顔を挟み、太ももに吸い付いている。段々と下に向かっていき、思いっきり匂いを嗅いだ。
「部屋中の香りと紗枝さんの汗の混じった香りで頭がくらくらするね」
「破廉恥」
 自分でも思っても見ない言葉が出た。破廉恥は岡本によく言っていた言葉だ。それが今、自然と口からぽろりと出た。
「破廉恥だなんて言葉使うんだ」
 そう言って、犬のように舌を出し、ペロリと紗枝の陰唇の割れ目を舐める。
「んっ」
「感度いいね」
 毎日自慰をしているとは言えなかった。
「ねえ、私も優璃のこと触りたい」
「いいの?」
 彼女は驚いた顔をしている。今まで言われたことがないのかと恋愛遍歴を探りたくなるではないか。
「じゃあ、シて?」
 顔を紗枝にまた近づけると、抱き上げるように紗枝の体を起こした。
 向かい合い、脚を大きく広げる。
「貝合わせもできそうだね」
「それだと優璃に触れない」
 いつの間にか、優璃のことを呼び捨てにしていたが、紗枝は気づかなかった。優璃は気づいていたが、嬉しい気持ちでいっぱいだったので放置していた。
 結局、お互いの性器を触ることにした。少し態勢がきつかったので、左手を後ろにつき、右手を相手の秘所に持っていく。
 優璃の秘部をまじまじと見ると、綺麗な桃色である。乳首と同じ色でくすみが一切ない。形は小振りで陰核も探しづらい。陰毛は脱毛をしているのか、生えていない。
 紗枝がゆっくりと優璃のナカへ挿入していく。優璃のナカはきつく開発されていないようである。
(もしかして、優璃って処女?)
 聞くに聞けないことだった。しかし、性技は申し分ない。もしかして、女性専門なのだろうかと紗枝は思って、少し嬉しくなった。というのも、中性的な優璃には処女でいて欲しいと願っていたからだ。勝手な押しつけが現実となり、紗枝は更に優璃に熱を上げた。
「今、濡れた。何考えてたの?」
「あっ、つっ、秘密……」
 くちゅくちゅとお互いを慰め合い、愛蜜がトロリトロリと噴き出す。
「あっ、優璃!」
「は、ぁ、紗枝ッ」
 指を黙って感じたいが、相手をもっと高みへ運ばせたい一心で、二人は指を自由に動かす。
 自慰の手練れとタチの戦いである。
「あっ、ふうッ、あううう」
「ふあっ、んっ、あぁん!」
 どちらも譲らない戦いは紗枝に軍配が上がった。
 あまりされ慣れていない優璃が先にイき、数秒後、紗枝も絶頂した。
 二人は息をあがらせながら、ベッドに倒れこんだ。
「優璃さん」
「優璃でいいよ。私も紗枝って呼ぶから」
 ふふと二人はお互いの指についた自分の愛液をなめ合った。
「初めて自分の舐めた」
「美味しい?」
「紗枝の方が美味しい」
 紗枝の手を取って、ペロペロと舐める。
「私、初めてイったの」
「そうなの?」
 人に奉仕をしていれば、イくことは少ないから当然と言えば当然であった。
「これからは私がシてあげるね」
 紗枝はいたずらを考える子供っぽく笑い、優璃の肩に手を置く。優璃は困ったような顔をして、手に手を重ねた。
 部屋には濃密なアロマの香りと女二人の体液の匂いが充満していた。

第四章 高梨瑠依

 家に帰ると充足感でいっぱいだった。
「あーもう何もしたくない。ご飯めんどい。いらない」
 ベッドの上で今日のことを思い出して、ニヤけている。優璃とまさか関係を持つことになろうとは思わなかった。
「あ、告白してない。まあ、大人なんて普通告白しないもんな」
 独り言が大きいが、気にしなかった。
 チャイムが鳴った。そこで隣人がいたことを思い出し、口を噤む。
 今は二十時だ。非常識な時間ではないが、女一人暮らしだと警戒しなければならない。おそるおそるインターフォンを見ると、そこには瑠依が立っていた。
(なんだ)
 紗枝は安心しきって、ドアを開けた。そこにはタッパーを持った瑠依が立っている。
「どうしたの?」
「ああ、これ食べて」
 差し出されたタッパーにはハンバーグが入っている。
「今日、割引で買ったひき肉がすげえ量多くて、ハンバーグ作りすぎたんだよ」
 お腹が空いていないと思っていた紗枝のお腹からぐーという音が鳴るのを二人は聞いた。
「料理には自信があるから安心して食え」
 じゃあなと言って自分の部屋に戻る。
 紗枝は仕方ないなと思いながらも、てかてかと光るデミグラスソースが食欲をそそる。冷凍のご飯をチンして、彩りのために人参を茹で、夕飯とした。
「いただきます」
 ハンバーグに箸を入れると、じゅわりと肉汁が溢れる。食べてみると、繋ぎを使っていない牛肉百パーセントのハンバーグだった。お店の味がすると思いながら夢中で食べた。
 全てを平らげて、ご馳走様をする。
 タッパーを返さなければ。しかし、この時間に男性の部屋を訪れていいものなのだろうか。
 迷った挙句、いつ返せるか分からないので、彼の部屋に行くことにした。
「こんな時間に男の部屋に押しかけるなんて女としての自覚足りないんじゃねえの?」
 ごもっともである。
「ハンバーグ美味しかった。プロの味がした」
「まあプロだからな」
「え、瑠依って料理人なの!?」
 嘘だよとデコピンをする瑠依。紗枝はむくれた。
「酷い。じゃあ何してんの?」
「こんなところで何だし、中入れば?」
 男性の部屋に入る。これも岡本以来ない経験だ。ただ岡本の部屋は散らかっていて、整理整頓を徹底する紗枝には耐えがたいものだった。
 その点、今日の優璃の部屋は洋画のポスター以外は統一感があり清潔な印象を受けた。カーペットもゴミひとつなく、トイレもピカピカだった。常に意識していないとあの部屋を維持することはできないだろう。
「入らないのか?」
 瑠依が眉間に皺を寄せ、紗枝を見ている。
「あっ、入る入る」
 お邪魔しますと遠慮がちに入った。中の作りは紗枝の部屋と同じだ。しかし、香りが違う。甘い香りがする。これはバニラか。部屋を見回すと、優璃が選んだルームフレグランスが置かれている。
 やはり、瑠依は優璃の弟だ。
「あのルームフレグランス」
「凄い匂いだろ。まさか嫌がらせのつもりか?」
「違うよ!」
 思わず紗枝は声を上げていた。それは優璃が瑠依のために考えに考えて選んだものだ。嫌がらせな訳がない。
「なんでお前が違うなんて言うわけ?」
「いえ、あの、引越し祝いか何かでしょ? 心機一転! って意味で贈ったんじゃないかな?」
「ふーん」
 瑠依はにやにやと笑っている。
 そんな瑠依を見て、そういえば、異性の部屋にいるはずなのに緊張していない自分に気が付いた。
 瑠依が優璃と同じ顔だからだろうか。ルームフレグランスで優璃を思い出したからだろうか。何故か、瑠依に対する信用がある。
「やっぱり俺のこと男と思ってないだろ」
 瑠依の方へ向くと、そこには大きな喉ぼとけが。
「いや、そんなことはないんだけど、何か安心しちゃって」
「やっぱり、優璃の友達?」
 紗枝にとって優璃は友達なのか分からない。今日、関係を持ってしまったが、その場限りでありそうでもあり、これからも続いていく関係でもありそうである。
 考え事をしながら、部屋を観察する。青色の布団に、水色のローテーブル。そして、青色の座椅子。すべてが青だった。
「青色が好きなの?」
 そういえば、優璃のハンカチも深い青色だった。
「え? ああ、青色は俺たちの絆みたいなものだからな」
 だから、二人とも青髪なのかと合点がいった。
「まあ、座れよ」
「うん」
 青色の座椅子に座る。目の前にルームフレグランスがあるのでバニラの香りが強く鼻に届く。
「確かに慣れるまで大変そうな香りね」
「だろう? まあ、優璃らしい贈り物ではあるけど」
 紗枝はクスリと笑う。この姉弟はお互いのことが大好きなんだなと。
「何笑ってんだよ」
「別にー?」
「そういえば、昨日のことだけど」
 ギクリと紗枝は動きを止めた。絶対、自慰のことに違いない。
「もう少し声を小さくしろよ」
「そっちもね」
「え! 俺声出してない……あっやべ」
 瑠依は首の後ろを撫でた。優璃と同じ癖だ。目の前にいるのが、優璃なのか瑠依なのか分からなくなってきた。
「そんなに溜まってるのか?」
 紗枝は事情を説明しようかどうか迷ったが、考えているうちに面倒になり投げやりになってくる。
「私は性欲が強いから毎日シないと体が疼いて仕方ないの」
 誰にも言ったころないのに、つい昨日引っ越してきたばかりの人に言ってしまった。しかし、後悔はなかった。この人は口外しない人。本能で察した。
「溜まってるならさ、俺を性欲処理に使ってもいいぜ」
「は? 本気?」
 何を言っているんだ、この人はと紗枝は瑠依の頭の心配をした。しかし、今は優璃がいる。だから、特に瑠依には用はなかった。
「お気持ちだけもらっておくよ」
 紗枝が立ち上がり、部屋を出ていこうとする。すると後ろから声がかかる。
「俺もお前に教えるよ、秘密」
 紗枝が振り向くと、そこにはズボンを脱いだ瑠依の姿が。
(襲われる――!)
 警戒をして、瑠依と距離を保ったまま、向き直った。
 瑠依がTシャツの裾を上げる。パンツが見えているが、そこには喉ぼとけと同じく、他人より大きいモノが……。
 紗枝はいきなりの状況に恐怖を覚え固まる。数年ぶりに見る漢のふくらみ。岡本のと比べるとはるかに大きい。ペットボトルくらい太いだろう。
「俺のデカいだろ」
 紗枝は自慢していると思ったが、瑠依の苦しそうな表情を見ている限り何か事情があるのだろう。神妙に頷いた。
「俺のこの顔、女みたいだろ。双子の姉と同じ顔なんだ。向こうは中性的でいいねって褒められるけど、俺だと舐められるんだよ」
 また紗枝は無言で相槌を打つ。
「女と寝るとな、キモイって言われるんだよ。俺のこの女顔にこんなモンぶらさげて」
「そんなことないよ!」
 紗枝は思わず叫んだ。
「それはその女性が瑠依に何を期待していたか分かる。それでも、ソコが大きいことは誇るべきことなんだよ?」
 瑠依は目を丸くした後、顔を赤くさせた。
「じゃあ、お前は俺のコレを見てもなんとも思わないんだな」
「うん」
「そっか」
 瑠依はズボンを穿いて、シャツを正す。
「悪かったな。変なもの見せて」
「ううん。苦しい話してくれてありがとう。でも、なんで?」
「優璃が心許した相手そうだったから」
 紗枝は頭にはてなマークを浮かべたまま、瑠依の部屋を後にした。
 自分の部屋に行っても、バニラの香りが全身を包んでいた。

第五章 双子

 翌日、出勤だったのでいつものようにインフォメーションカウンターに座っている。今日の隣はベテランの藤崎だった。藤崎は私の教育係だった人で頭が上がらない。
 お客様の流れが途切れたところで藤崎が話しかけてきた。
「あなた、最近いい人が見つかったんだって?」
「え?」
 誰だろうと考えるが、よく分からない。
「ほら青髪の」
「ああ!」
 優璃さんのことを言っているのだ。どうせ同僚から聞いたに違いない。
「友達ができて」
「本当に友達?」
 藤崎さんは話のネタができたことが嬉しくて、私に突っ込んでくる。
 ははと乾いた笑いをし、汗を流していると、大股で近づいてくる青髪の人が前から来た。歩き方はスマートで、長い脚でスイスイと進む。昨日のTシャツ姿ではなく、ジャケットを羽織ってバンドマンのような服装をしている。
「あら、青髪の……」
 藤崎は気づいてニヤニヤと笑い始めた。紗枝は下を見て瑠依がこちらに来ないことを祈った。
「なあ、自慰女」
「な! じっ、ゴキブリだなんて失礼ね」
「ちょっと来い」
 藤崎を見る。顎でクイと「行ってこい」と言っている。
「今、勤務中なんですけど」
「矢作は今から休憩ね」
 そんなー! と思いながら、瑠依に引きずられてカウンターから離れた。
「それで何? 何の用?」
「優璃の引越し祝いを探してるんだけど分からなくて」
 首の後ろを触る瑠依。
「お互いにプレゼント交換しすぎて、何贈ったらいいか分からないんだよ」
 優璃も同じようなことを言っていた。本当に仲良しだということが分かる。
「アロマは? 優璃の趣味なんでしょ?」
 あっ、しまったと思う頃には、「やっぱり」という視線を瑠依が向ける。
「優璃のこと知ってたんだな」
「うん」
 開き直って頷いた。この双子とこれからも長く付き合うことを考えて、別に隠す必要もないなと判断した。
「じゃあさ、アロマで何か探してくれない?」
「瑠依も一緒に探してよね」
「分かってるよ」
 端から見たらカップルの会話のようである。それに整った美貌の二人が並んでいるのだから、注目が集まる。
「あの人、女の人かな。男の人かな。綺麗」
 特に瑠依に皆の目線が集中する。優璃といるときは、優璃に夢中で気づかなかったが、彼女のときもこんな感じだったのだろうか。そう考えたら、紗枝は「優璃を見るな」と嫉妬で狂ってしまう。
 顔を真っ赤にして何やら怒っている紗枝を見て、瑠依はぷっと吹き出した。
「何よ」
「紗枝、今優璃のこと考えてた?」
 エスパーかと思いながら、「どうだか」とはぐらかした。瑠依は気に留めた様子もなくエレベーターに乗り込む。目的地へ着いたら、店員が「あら」と声をかけた。
「いらっしゃいませ」
 店員は優璃に好意を持っているようで、優璃だと思っている瑠依に馴れ馴れしく話しかけた。
「先日いらっしゃったときになかった大容量ボトルを入荷したんですよ」
 紗枝は瑠依にさり気なく触る店員に教育はどうなっているのかと声を上げたくなった。
「ってあら? 受付の人が何故ここに?」
 紗枝の顔を見て気づいたのか、彼女にも話しかけてきた。
 店員は紗枝たちを見比べて、「あら」と口を手で隠した。
「ごめんなさい。もしかして、彼女さん?」
「違います」
 二人の声が揃った。それにしても、先ほどの店員の言葉は聞き逃せない。優璃がここで手に入らなかったものが入荷したことをラッキーと思った。
「瑠依。優璃にその大容量ボトルのあげればいいんじゃない?」
「ナイス紗枝。すみません、それください」
 瑠依が喋るとやっと男だと気が付いたのか、店員が首を傾げた。
「あの失礼ですが、風邪でも? それならいいアロマありますよ」
 声が低いのは、風邪のせいだと思われたらしく、私はお腹を抱えて笑った。
「おい、やめろ。お会計してください」
 こうして優璃の引越し祝いが買えたのだった。
 私はカウンターに戻る。すると、藤崎が私に顔を寄せてきた。
「あの子が言ってた子? 綺麗ね」
「いやあ、違いますよ」
 照れ隠しだと思われたため、藤崎は意味ありげにウィンクをした。

 家に帰り、瑠依の部屋の扉を叩く。
 気だるそうに出てきた瑠依は寝起きらしかった。いつもサラサラな髪の毛があちこちに散らばっていて、トゲトゲしい。
「あー……?」
 寝起きの瑠依の声は艶があり、紗枝は思わずどきっとした。ガラガラ声の中に、神秘さを見出したのだ。それはボーイソプラノが天使の声と言われるように、瑠依の声は神の声
かのようだ。
 男性のエロい声を聴いて、紗枝はもぞもぞと脚を擦り合わせた。紗枝の様子を見て、女が感じているときの動きをしていると認めた瑠依が「なあ」と声をかける。
「今日は、その……シないのか?」
「え? なんでそんなこと聞くの!」
 注意のためバンと胸を叩いた。鍛えていない真っ平な胸だった。
 瑠依を部屋に押し込んで自分も彼の部屋に入る。
 玄関の狭い空間で体がみっちりと密着をした。紗枝の豊満な女乳が瑠依のあばら骨に当たっている。くにくにと形を変える神秘のオンナの感触に瑠依はまずいと察した。
「私がシてるとき、瑠依もシてたでしょ」
「あ、あれはお前の声がうるさくて、ついというか……」
 瑠依は目を下に向ける。紗枝が背伸びをしたのか、胸に胸が当たっている状態だ。
「お前、少しは女としての自覚を持ったらどうなんだ?」
「え? 何の話?」
 瑠依はため息を吐くと、紗枝をそっと抱きしめ耳元で囁いた。
「そんなんじゃ食べちゃうぞ」
 後ろには玄関。前には瑠依。横には壁と靴入れ。三方を包囲されていた。
 状況を理解した紗枝は顔を真っ赤に沸騰させると、「さよなら!」と玄関を開けて逃げて行ってしまった。

 急いで部屋に戻り、スカートをたくし上げパンツを下ろした。そこはじっとりと濡れている。玄関の扉に背中を預けながら、先ほどの瑠依の声を思い出した。
「そんなんじゃ食べちゃうぞ」
 彼からは考えられないほど低い声だった。その声はあの寝起き声のガラガラがマイナスされ、艶がプラスされた神秘的な透明感を持って、紗枝の鼓膜と海馬と子宮を震わせた。
 指をナカに乱暴に挿入する。
「はあん!」
 頭を反らせたせいでゴンと鉄の扉に当たった。それでも紗枝の指は止まらない。
 低い声と耳にかかる息。密な空間。どれもが紗枝の興奮材料となる。
 きっとこの声は壁一枚向こうの瑠依にも聞こえているだろう。
 紗枝はひんやりとした壁に顔をつけ、向こうの音を聞く。
「ふっ。……くっ」
 男の苦しそうな声が聞こえる。
(私の声でオナニーしてくれてるんだ)
 嬉しくて、紗枝は元気よく喘いだ。まるで生まれたての赤ん坊のように、彼に、みんなに自分を知ってもらいたくて。
「はあっ! んんんああああ!」
「ぐっ、ふっふっ」
 隣の息と紗枝の喘ぎのタイミングが合い始めて、壁を挟んでいるのに繋がっているような感覚になった。二人はそのことに気が付き、エクスタシーへ。
 紗枝は円を描くように腰を振る。きゅうきゅうと指を膣が締め付ける。
(この指は瑠依のあの大きな……)
 こんなのじゃ足りないと思いながら、瑠依の肉棒として自分の指を見立てた。
「はっ、あっ、気持ちいい!? ねえ、瑠依気持ちいい?」
 壁の向こうからくぐもった声が聞こえる。
「ああ! ああ! やべーよ!」
 二人は自分を懸命に慰めつつ、見えない相手さえも昇天へ誘おうとしていた。
「ああ! ん! 瑠依! 瑠依!」
「紗枝!」
 名前を呼ばれた瞬間、びしゃっ、びしゃっと尿道から潮を噴き出した。
 汗だくな状態で鉄の扉をずり下がっていく。へたりと玄関のタイルの上に座り込むと、自分が先ほど噴いたシャワーの溜まりでびしょびしょに濡れた。
 快感が大きく、潮吹きをしたのは初めてだったので、紗枝は体を大きく震わせて興奮をする。
「うおおおお!」
 隣の部屋から雄叫びが聞こえる。瑠依もイったのだろう。
 しばらくの沈黙が続いた。衣擦れの音ひとつもしない。
 バタン!
 扉の向こうで扉の開閉の音がした。そして、紗枝が寄りかかっていた鉄の塊が開く。
「紗枝」
 優しく声がかかる。
「あ……」
 そこにいたのは、優璃だった。

「二人とも、いつもこんなことしてるの?」
 着替えた紗枝は瑠依の部屋で正座をしていた。隣には同じく瑠依。目の前には優璃がいる。
 ちらりと優璃と瑠依を見比べる紗枝。本当にそっくりでマフラーでもして、黙っていればどちらか分からないほどだ。
「優璃は何しに来たわけ?」
 瑠依はむすっとした表情で答える。
「昨日連絡したじゃない。今日はご飯行こうって」
「あっ」
 忘れていたようである。優璃はため息を吐いた。そして、優璃は紗枝の方へ向き、
「一緒に来る?」
 優しく微笑んだ。
 あんなことをしていたのに、許してくれるのか。彼女が女神に見えた。
「何が食べたい?」
「そうだなあ。焼肉」
「調子乗らないの」
 双子ってこんな会話をするのかと関心しながら紗枝は二人の後ろについていった。
 入ったのは普通の居酒屋だった。近所にはあるものの、女性一人で入るような小綺麗な場所ではなく、どちらかといえばサラリーマンが騒いで飲んでいるようなお店だったので近づかなかった。
 優璃は躊躇いなく入っていき、席に座る。
「洒落たお店より、こういう方がリラックスできて話しやすいでしょ?」
 優璃はそう言うと、紗枝にメニューを渡してきた。
「紗枝、どれにする?」
「俺と優璃はいつもビール」
「そうなんだ。じゃあ、私もビールで」
 三人で乾杯をすると、激しい自慰で疲れた体にアルコールが回る。
 瑠依はジョッキに入ったビールを一気飲みしてしまった。上を向いてごくりごくりと飲む瑠依の大きな喉ぼとけが上下に艶めかしく動く。紗枝は思わず凝視をしてしまった。
「あんなさ、壁薄い部屋でお互いいいの?」
 優璃が現実に戻す。彼女の指を見るとビールジョッキのふちをツーッとなぞっているところだった。
「私は引っ越そうかなと思ってるんだけど……」
 紗枝は瑠依の顔を見られずに、優璃を見ながら答える。
「俺はまだかな」
 意見が分かれた。紗枝はそもそも思っていたことだし、瑠依のはまだ越してきたばかりだから出た意見だろう。優璃は「確かにねー」と納得しつつ、ジョッキを傾けた。
「優璃と瑠依はなんで別々に住んでるの?」
「ああ」
 双子は同時に反応する。
「それはお互いに自立しようって」
「でも、何かあったときに駆け付けられる距離に住んでる」
 優璃と瑠依が順番に応える。声は異なっていても、見た目が同じなので、頭がくらくらとする。
「私たちは親にネグレクトを受けててねー」
「俺たちは協力して生きてきたから、思いっきり離れることはできなかったんだよな」
「え、ネグレクト?」
 優璃と瑠依が言うには、親は自分たちを怖がり、一切世話をしてこなかったらしい。その事実に紗枝は戸惑ったが、優依が胸に執着を見せているのを思い出して黙った。
「なんで親から愛されなかったんだろうねえ」
「さあなあ」
 二人は同時にビールのお代わりを注文した。人差し指と中指を立てて、「ビール二つ」と。双子は互いのジョッキの中身を見て、お互いの分まで注文してしまった。
「はい! ビール四つね」
「……四?」
 困惑している双子。酔っぱらっているのか、それとも素か。
「あー! 私の分も頼んでくれたの? ありがとう!」
 紗枝はジョッキを両手で取ると浴びるように飲んだ。アルコールが体をぎゅるんと回る。紗枝はそんなに酒に強くなかったのだ。
「二人とも!」
 ダンッ!
 ビールジョッキをテーブルに叩きつけた。
「一緒に住むわよ!」
「え?」
「は?」
 双子はポカンと口を開き紗枝を見た。紗枝は二人を順に指差し、スマートフォンを取り出した。
「3LDKでいい?」
「ちょっと待って、紗枝」
「紗枝も一緒に暮らすわけ?」
 何よ、悪い? と紗枝は顎を上げた。
「その話はあとにしよ、紗枝」
 酔っ払いの戯言だと思い、彼女のスマートフォンの画面を隠す。
 優依は紗枝の目を見た。漆黒な目の奥がメラメラと燃えているようだ。本気だ。
「瑠依、どこかラーメン屋さんある?」
 優璃は弟の肩にもたれかかって囁いた。
「あるある。とんこつ」
「紗枝とんこつ大丈夫?」
 紗枝は頷いた。優璃がこの場を締めようとしているのが分かったので、フラフラと紗枝が立ち上がった。
「優璃と瑠依の引越し祝いで私が出すよ」
 足元が覚束ないようで、レジに体をぶつけている。双子はお互いの顔を見てため息を吐いた。

「じゃあ、また何かあったら呼んでね」
「ああ、おやすみ」
「おやすみ」
 優璃と瑠依は別れ、瑠依は自分の部屋に戻ろうとした。優璃の肩に紗枝がひっ付いている。その光景を見て、瑠依はむっとする。しかし、姉の温かい手がくしゃりと頭を撫でた。大人しく部屋に戻った。
「もう大丈夫?」
 優しい母のような柔らかい声で、紗枝に声をかける。「うーん」と紗枝はぐずる。
「泊まってってえ」
 優璃の肩に頬を押しつける。手を彼女の胸に持っていきひと撫でする。
「この酔っ払い」
 優璃は紗枝の頭を瑠依同様にくしゃと撫でる。
「子供扱いしないで」
 玄関に優璃を押しつけると、精一杯かかとを上げて口づけをした。色気もへったくれもないキスだ。
「む」
 優璃はそのキスを受け入れ、自分のものにした。
 ちゅっちゅ。
 互いに唇を啄み、リップ音をわざと立てる。瑠依に聞こえるように。
「ん、おいしい」
 ペロペロと唇を舐め始める紗枝。先ほど食べたとんこつラーメンが口の周りについていたのだろう。犬のような紗枝を見つめながら、預かっていた鍵で扉の鍵を開けた。

第六章 赤い果実

「シャワー浴びてから寝ようね」
 優璃にもたれかかる紗枝の腰に腕を回し支えた。頭をこくりこくり動かしているため、紗枝は半分寝ているようである。
「居酒屋の匂いととんこつの匂いで服の匂い凄いことになっているから、服だけ脱ごう? ね?」
 優璃は紗枝より年下だが、世話焼きなお母さんのように服に手をかける。すると、優璃の腕が引っ張られた。優璃は激しく頭を打ったため、ゴンッと音が部屋中に響き渡った。
「いったー……どうしたの、紗枝」
 紗枝はあくまで冷静に酔っ払いと対峙した。
「お腹空いた」
「何か食べる?」
「優璃」
 紗枝は優璃に馬乗りになり、首元を噛んだ。
「っつ!」
 ガブリではなく、ガリという音がした。優璃はそこがどうなっているのか、自分では確認できないが、最悪血が出ているだろう。噛んだ相手はペロペロと傷口を舐めた。微妙に染みる。止めてもらいたかったが、止めて欲しくもなかった。ペロリと首筋を紗枝の舌が通る度にピリとした快感が生まれる。
「ん」
 のけ反ると、首の美しいラインが現れる。そっくりな双子だけど、男ではない優璃には大きな喉ぼとけがない。。優璃の女性らしさを見て、紗枝はもっと紗枝を知りたいと思った。
 この間の交渉では、お互いの体を弄りあった。今日は自分が隅から隅までたっぷりと愛そうと、優璃の服に手をかける。
「いつもシャツとパンツって装いだよね。今度服買いに行かない?」
「こんな頭だし、似合う服が少ないんだよねえ」
 襲われて、今服を剥かれているのにしみじみと言う優璃はもう腹を括っていた。前回は、初めてしてもらった。少し痛かったけど、今度は大丈夫だろう。
 優璃は隣の部屋がある方向を見た。瑠依はこれから姉の嬌声を壁の向こう側で聞くことになる。姉の性行為を聴覚だけで感じると、どういう反応を示すのだろう。いたずら心と好奇心が湧く。
 紗枝は優璃の服を下着含め、全て取り去った。
 ガブと紗枝は優璃にカラダに噛みついていく。鎖骨を噛むと犬歯が当たったのか優依から「ぐう」と苦しそうな声が漏れた。しかし、紗枝は止めない。
(優璃の苦しそうな顔で、私濡れてる)
 そう、濡れているのだ。紗枝は勢いづいて鎖骨を始め、肩のぽっこりと出ている骨を齧る。
「う」
「優璃痛い?」
 クスクスと笑う紗枝の目は先ほどの居酒屋で見せていたメラメラとした炎ではなく、ギラギラとした不自然な光になっている。
 紗枝が舌なめずりをする。その時に歯に血が付着しているのを見た優璃は紗枝の首を抱きしめ、紗枝の開いている口に舌を挿し入れ、歯列をなぞる。キスがしたいのかと誤解した紗枝はお返しとばかりに優璃の口内を犯す。奥まで入れ、上顎を撫でる。しかし、優璃からの反応がイマイチだったので、唇を離して、また噛みつきにかかった。
 マゾ気質ではないはずなのだが、優璃は段々と紗枝の歯が肉に食い込む感触に夢中になっている。前歯ではむはむと乳房の肉を甘噛みし、時に強く噛んだ。その際のピリとした痛みが快感に似ているのだ。
 紗枝は紗枝で噛むごとに徐々に嬌声が漏れ出る優璃に気が付いていた。
(ふーん、そっちもイケるのね)
 酔いが醒めた紗枝は冷静に分析した。膝をがじがじと歯を当てると、優璃は露骨に腰を振った。
「ね、優璃。あなたのココ、ねっとりと濡れているわよ」
「ん。やめて……」
 優璃は恥ずかしくて両手で顔を隠した。顔は隠したが、耳は朱に染まっている。美しく染まった耳がさくらんぼのように美味しそうで、誘われるように耳を噛んだ。
「はあ」
 紗枝の熱い息がかかり、優璃も釣られて熱に浮かされた息を吐く。
「あつい」
「私がもっと燃え上がらせてあげる」
 少し攻撃的になっている紗枝に優璃はドキリとした。口を開けて笑う犬歯が伸びて、吸血鬼になったかと夢想した。
 その犬歯を今度は太ももの内側に食い込ませる。
「はぁ……」
 切ない溜息が漏れる。それはこの行き先を知っており、早く到達して欲しいと思っているからである。
 がぶと噛んだ後、つっと舐める。舌のざらつきが肉の薄い太ももを這う。しかし、太ももの一部に肉がついて盛り上がっていることを見て取った紗枝はその肉をはみはみした。
「さえ」
 もっと欲しい。かすれた声を出す。瑠依の寝起きの声に似ていて、紗枝はもっとその声が聞きたくなった。
「ちょうだいは?」
「……ちょうだい」
 頬を染めて上目遣いでお願いする優璃はいつもの涼やかさとは裏腹にかわいらしさ全開で、滅多に見られない姿を見た紗枝はくぷと己の陰部から愛蜜が零れるのを感じた。
 紗枝は体を動かし、両肩に優璃の脚を乗せる。そして、花の蜜溢れる楽園へ舌を伸ばした。
「あっ」
 待望の蛇が園を動き回る。赤い果実をチロチロと這う。
「優璃も食べる? 赤い果実」
 優璃は興味を持って、「食べる」と言った。
 紗枝は果実から顔を離すと、体を優璃の上で注意深く反転させた。優璃の目の前には紗枝の豊かでプルンとした美尻がある。優璃は自分のベストな位置に紗枝の尻を動かす。目の前には紗枝の赤い果実。食べてとばかりに完熟しているので、優璃はその果実をゆっくりと味わった。
「んっ、はあ、ああ」
「むぐ、ふっ、ん」
 二人は喘ぎながら互いの果実を食べ合う。どちらも蛇で、どちらもイヴであった。
「はあ! 私たち追放されちゃうね」
「むぐ」
 優璃が小さく頷いたときに、舌が紗枝の割れ目を這って陰核を掠めた。
「あん! はあ、クリもっとクリクリしてぇ……」
 紗枝のお願いを聞いて、優璃はクリトリスをくにくにと舌で圧した。快感に耐えられない紗枝は優璃の股間から顔を上げ、上体を反らし上に向かってムンムンと蒸された息を吐く。
 上体を反らしたことでほとんどの体重が優璃の顔に乗っかった。
「む……ん……」
 鼻と口が塞がれて、息ができない。息を思いっきり吸うと、紗枝の濃厚なオンナの匂いがした。完全に鼻が紗枝の割れ目にぴったりと挟まっていた。
 優璃は紗枝にそのことを伝えようと桃尻を叩く。しかし、紗枝はそれを優璃の愛撫だと思い、高い声を上げた。
「……ん……」
「優璃、気持ちいいよ……」
 異変に気づかない紗枝は完全に快感の渦の世界にいる。仕方なく優璃はベッドを叩いた。
「はっ、え? 優璃?」
 やっと気がついたのか、紗枝は優璃の上から下りた。紗枝の秘部と鼻の間が繋がって、ぷつっと切れた。
 優璃は咳き込み、上体を起こした。
「ごめん。気づかなくて」
「けほっ、いいの」
 紗枝は69の体勢が初めてだったので、体重の乗せ方が分からなかったのだ。
「今度は私が上になろうか?」
 優璃は意外と負担になる上になるという。紗枝はその言葉に甘えた。
「大丈夫? 重くない?」
「優璃が重いわけないじゃん」
 そのような会話をしながら、優璃は紗枝に負担にならない程度に体重を乗せた。
 ドアップで見る優璃の尻は脂肪がなく、尾てい骨がよく見えた。それと周りの肌よりくすんだ菊門も。人が最も見られたくないであろう部位を間近で見られていることが奇跡のように思えた。
「紗枝、そんなに見ないでッ」
 優璃のアナルがきゅっと締まる。紗枝の鼻息が当たっていたのだ。
「ごめん」
 謝り、少し頭をずらす。今度は美しいピンク色をしたヒダが見える。紗枝は舌をつき出して割れ目を舐めた。
「はっ」
 優璃の鋭い息。
 彼女は頬を朱に染め、目を閉じている。少年のような顔と大人の女性の顔が入り混じったような見た目に人は背徳感を覚えるだろう。紗枝には見えなかったが。
「あっ、はあ、」
 体重を全て紗枝にかけないようにしながら、腰を振る。いきなり腰を動かされたので、口の周りにべっとりとラブジュースがついてキラキラと光っている。
「むうう」
 紗枝は動かされる腰に合わせて、クリトリスへの責め方を考えた。そして、クリを歯で甘噛みすることにした。紗枝はただ噛んでいるだけなのに、優璃が自身で腰を振るから自分で慰めているようである。
「ふううん」
 淫乱、と言いたかったけれども、口は封じられているので、言葉にならない音しか出てこなかった。
「ぁっ、んっ! はっ! あっ!」
 優璃の声が大分詰まってきた。紗枝の顔にはぐっしょりと優璃の愛蜜が垂れかかっている。紗枝のヴァギナからも愛蜜がトロリトロリと溢れ出ている。
 フィニッシュが近いと二人は経験から感じた。
 優璃は体を丸めて紗枝の蜜壺を舐め、紗枝も負けじと優璃の蕾をくいくいと舌で突く。
「あふ! ひゃ! あっ! ぁああ――!」
「むほおうぐむ!」
 放出される多量の蜜が紗枝に降り注ぐ。出来るだけ舐めて自分の顔をキレイにした。
 短く息を吐き、脱力した優璃は紗枝を避けるようにベッドに倒れた。
「はっ、はっ、これ全部瑠依に聞こえているの?」
「うん」
 ベッドに並んで寝て、手を繋いで額をコツンと合わせる。
「アルコール臭くなかった?」
「お互い様でしょ」
 ふふ、と二人は笑った。

第七章 嫉妬

 優璃は服を正して出て行った。
「じゃあまたね」
 丁寧におでこにキスをして。
 紗枝は玄関の冷たい扉に耳をつけて聞いていたが、瑠依のところには寄っていないらしい。紗枝は下を見た。そこには今日のお昼に潮吹きをして、びしょびしょに濡らしたタイルがある。今は綺麗に掃除をして綺麗になっている。
 隣人のことを考えた。瑠依はどのような気持ちで自分たちの行為を聞いていたのだろうかと。姉の喘ぎ声を聞いて、どのように思っていたのだろうと。
「普通は姉の嬌声聞いたらトラウマよね」
 配慮が足りなかったかと今ごろになって後悔が襲う。試しに向こうの部屋と隣接している壁をコンコンと叩いてみた。すると、間髪入れずにコンコンとすぐ近くから音がした。瑠依も玄関で音を聞いていたのだ。自分のところに姉が来るか。
「ねえ」
 壁に向かって話しかける。瑠依に話しかけるでもなく、ただ独り言のように。
「ねえ、双子って辛い?」
「今まで姉貴がいたから耐えられた。でも、今が一番辛い」
「やっぱり聞こえてた?」
 壁の向こうで黙って頷くのを見た気がした。実際は白い壁だった。
「つれーよ。好きなやつが他の人と……しかも、優璃と寝てるんだもん」
「え?」
 一瞬、理解ができなかった。しかし、脳内をジワジワと広がる言葉。
「それって」
「忘れてくれ。おやすみ
 気配が壁から遠ざかっていった。

 次の日、出社しようと扉を開いたら、瑠依がタバコを吸っていた。
「吸っているところ初めて見た」
「優璃に止められてたからな」
 清々しい朝の下吸うタバコはさぞ美味しいだろう。瑠依はこちらを見て歯を見せて笑った。
「二日酔いはないか?」
「うん。大丈夫」
 彼の優しさが身に染みた、と同時に昨日のことを思い出し、表情が曇る。
「ごめん。昨日のは、気にすんな」
 紗枝の頭をくしゃと撫でた。撫で方が優璃と同じだった。
 瑠依の胸中を想うと涙が出そうだったが、彼が笑ったままだったので、白いエナメルの輝く歯に目を向ける。
「タバコ吸ってるけど、歯はキレイだね」
「優璃がいつもキレイにしてくれるからな」
「優璃って歯科衛生士なの!?」
 セラピストだとばかり思いこんでいたので、身を仰け反るように驚いた。
「あの髪の毛とピアスで大丈夫なの?」
「仕事のときはピアス外してるよ」
「いやいやいやいや」
 しかし、自由過ぎる歯医者に逆に興味を持った。
「じゃあ、瑠依は何してるの?」
「俺? 俺は美容師」
「合ってるね」
 優璃の髪の毛は瑠依が切っているのだ。パッと見では気づかないちょっとした技術が素晴らしいと思っていたので、素直に尊敬をした。
 その美容師は白い筋張った手を懐に入れ、名刺入れを取り出した。名刺を一枚、紗枝に渡す。
 そこには『Hermes』という店名と、『Ruy』と名前が書かれていた。
「予約するね」
「俺人気だから、一ヶ月先まで取れないからな」
 そう言い残して、部屋に戻って行った。
「あ、まず」
 遅刻しそうな時間帯である。電車に乗るために最寄り駅までヒールで走った。

 休憩室でお弁当を食べているときである。
 急に電流が体を駆け巡った。これは快感ではなく、衝撃の事実が明らかになったからである。
 紗枝は不定休、優璃は歯科衛生士だから決まった曜日が休みだろう。瑠依は美容師だから固定休か不定休。ということは、三人の休みが被るのは珍しいことだったのだ。
 貴重な休みを一日セックスで過ごしたことを後悔した。
(自分の性欲って本当に規格外ってこと?)
 ブロッコリーを食べながらそう思った。
 休憩が終わるとき、同僚が入れ違いで入ってきた。紗枝の顔を見ると、「あっ」とでも言うような顔をして、一枚の紙を渡してきた。
「何これ?」
「あの青髪のすごーく綺麗なあなたのお気に入りの人から」
 受け取って見たら、二次元コードだった。そういえば、連絡先を交換していなかった。
 同僚にお礼を言って、自分の持ち場に戻った。

 家に帰り鍵を開けようとしたところで瑠依の部屋から優璃の声が微かに聞こえた。何を話しているのだろうと近寄ってみると、突然扉が開いてゴンッと額をぶつける。
「あ、紗枝。大丈夫?」
 出てきたのは優璃だった。今日は黄緑色の薄手のニットを着ている。
「そうだ、紗枝。ちょっと上がって」
「え? 瑠依の部屋に?」
「あなたにも関係ある話だから」
 優璃は紗枝の肩を優しく抱く。
 中へ入ったら、またあのバニラの香りがするかと思ったらしない。ルームフレグランスがあった所を見るが置いていない。
 紗枝は気になったが、聞くに聞けない空気が流れている。淀んでいるのだ。この澄んだ双子から出るとは思えない重い空気。何かあったのだろうか。いや、もうすでに紗枝は知っているはずである。昨晩の瑠依との会話を思い出す。
(私、もしかして双子の仲を壊してしまったのだろうか)
 その予想は当たった。
「ねえ、紗枝」
「何?」
「私、引っ越そうと思う」
「どこに? 仕事は?」
 優璃は彼女らしからぬ曖昧な笑みを浮かべた。何も決まっていないのか。
「だから、優璃が引っ越す必要ないって言ってんだろうが!」
 瑠依が語気を強め、姉に反論する。弟は姉の引越しに反対なのだ。何故か。理由が分かっているからである。
 紗枝だ。
 優璃も瑠依も紗枝のことを好きになってしまったから、優しい姉が身を引こうとしているのだ。自己犠牲の激しい人だ。紗枝は二人の感情に涙を流す。
 紗枝は「私……」と口を開く。そして、二人を交互に見た。
「今度転勤になったから、私が引っ越すね」
 全くない転勤である。しかし、引越したいと思っていたのは本当だ。まさかこんなことで引っ越すことになろうとは思いもしなかった。
「そんな……」
「紗枝、それ本当か?」
 双子は紗枝を見て、眉間に皺を寄せた。やっぱり二人には紗枝の心の中が分かってしまうらしい。紗枝はあははと乾いた笑いを出し、優璃と瑠依の肩を両手で引き寄せた。
「きょうだい仲良くね」
 バニラの香りのルームフレグランスがない理由は優璃が選んだと思っていたら、紗枝もそれを選んでいたことが明らかになったからだ。瑠依の嫉妬だ。そう考察しながら、紗枝は瑠依の部屋を出た。

第八章 大阪にて

 紗枝は大阪に引っ越していた。東京より家賃が安く、広い部屋を借りられた。
 職はすぐにではないが得られた。花屋の店員である。まさか学生時代の経験が活きるとは思わなかったと紗枝は花を見ながら感慨深げに頷いた。
 パートの人と店長が話をしている。
「えらい綺麗な人やったな」
「うんうん。喋るまでどっちか分からんかったわ」
 黙々と掃除をしていた紗枝に店長が気づいて、話しかけた。
「紗枝ちゃん、今日はいいわよ」
「ありがとうございます。お疲れ様です」
 帰る途中でスーパーに寄った。今日は紗枝の誕生日なので寿司を買う。両親が健在のときは、回らない寿司屋に連れて行ってもらったものだ。
「ただいま」
 癖になっている、少し音量を落とした声。しかし、挨拶ができるようになったのは紗枝にとっては大きかった。前のアパートでは帰った瞬間を狙われる可能性があったからである。だから、壁の厚い、広い部屋に引っ越せて良かったと思った。
 はら。はらら。
 目から涙がこぼれる。
「あれ? なんでだろう」
 その理由は紗枝が一番よく知っていた。
 優璃と瑠依の亀裂を知ってから、紗枝は自慰が怖くなった。オナレスになったのだ。しかし、我慢などそういった言葉ではなく、本当に濡れなくなったのだ。
 東京から持ってきたローターは箱にしまったままとなっていた。

「さて、お寿司お寿司」
 パンと手を合わせたところでチャイムが鳴った。今は20時である。非常識な時間ではないが、女の一人暮らしなので注意をする。おそるおそるインターフォンを見ると、ひとりの男性が映っていた。
「嘘……」
「いるんだろ」
 ぱたぱたとスリッパの音を立て走り、玄関を勢いよく開けた。
「うわっ」
 扉を避けるように体を動かす男性はまさしく瑠依だった。
「どうしてここに?」
「ずっと探してたんだ」
 瑠依の薄い胸板に額を付けた。瑠依はそっと背中を摩ってくれた。涙が溢れ、瑠依のTシャツを濡らした。それでも構わず、私を抱きしめる瑠依は温かった。
 瑠依を部屋に上げると、彼は珍しそうに2DKの部屋に視線を一周させた。
「どうしたの?」
「いや、これで家賃どれくらいなんだろうと思って」
「東京より安いよ」
「マジ?」
 へえと感嘆しながら瑠依は興味深く部屋を観察する。香りは変わっていなかった。紗枝の匂いだ。大きく深呼吸するして、一年前を思い出したのだ。
「そうか、もう一年か」
 瑠依は独り言ちた。紗枝はお茶の用意で台所にいて、聞かれてはいなかっただろう。
 瑠依はテーブルの上のパック寿司を見た。
「今日、何か記念日なのか?」
「え、あの……私の誕生日」
「えっ」
 紗枝と双子は互いに誕生日のことを教えていなかったので知る由もなかった。優璃と瑠依、二人と過ごした時間は話すには短すぎる時間だった。
「あのさ、プレゼント」
「そんなのいいよ」
「俺じゃだめか?」
 台所に来た瑠依が紗枝の腕を引っ張った。そのまま彼女を抱きしめる。
「でも、いいの? コンプレックス持ってるんじゃなかったっけ」
 瑠依は自分のモノを酷く毛嫌いしている。紗枝に身を捧げるということはそういうことだ。
「俺、紗枝がいい。一年間ずっと燻っていた俺を解き放ってくれ」
「瑠依……」
「お前が優璃を忘れてなくてもいい。だから」
 紗枝はなおも言葉を続けようとする瑠依の唇を塞いだ。首に腕を絡め、目を閉じて。
 瑠依はぷるっとした紗枝の唇を堪能した。舐めると、まだ落としていないグロスの味がする。
 彼女から微かに香る花の香りが、秘密の花園にいる錯覚を起こす。ここにいるのは自分と紗枝だけだと。
 二人は唇を激しく合わせながら、自分の服を脱いでいた。脱ぎ終わると、お互いをきつく抱きながら、キスを繰り返す。
「んっ……はっ、んむ……」
 舌を絡め、べーと紗枝が出した舌を瑠依が吸い、お返しに唇を甘噛みした。
 瑠依の手は紗枝の体のラインをなぞって、乳房に辿り着いた。
「んっ」
 瑠依の華奢な手が乱暴にぐりと乳蕾を押した。くにくにと表面に親指の腹をくっつけ、上下に動かす。段々と硬くなる先っぽは、感度が増しているようで、キスをしながら口の端から声が漏れ始めている。
「ぁ、ぁん」
「声エロいよ……」
 ほぼ掠れ声の瑠依。寝起きの瑠依を思い出し、紗枝はくちゅと濡れた。あの時は、まだお互いのことを知らなかったのに急激に距離が縮まった出来事になった気がする。昔と言っても一年前だが、紗枝は初めてのように遠い遠い記憶だと思った。
「集中しろ」
 ぐいと乳首をつねった。
「あん! ちょっと」
「誰のこと考えてたんだ?」
「瑠依のこと」
 ふっと息が耳に当たった。笑ったのだろう。紗枝は「本当だって」と念を押した。
「分かってるよ」
 丁寧なキスをおでこにひとつ。紗枝は届かないので、鎖骨にキスをした。そうやって互いの体にキスを植え付けていく。
「噛んでもいい?」
「やめろ」
 ちぇっと不貞腐れ、徐々にから大胆に下に向かって口づけを進める。そして、瑠依のソコに辿り着いた。
 ギンッギンに勃起した彼の肉棒は肌の白さとは異なり黒い。太い松茸は育ちすぎて腹に当たりそうになっている。そう、松茸のようなカリが特徴的なのである。ここまで段差がある人がいるなんてと紗枝は驚いた。その比較対象は岡本しかいなかったが。
 普段の瑠依からは考えられない、オスの匂いがする。すーっと瑠依の芳醇な匂いを嗅いでいると、瑠依からチョップが飛んできた。
「変態」
「瑠依の、凄くいいね。全部」
「本当か?」
 女性関係でトラウマを持つ瑠依は嬉しそうに自分のモノを見ている。
「ねえ、舐めていい?」
「いいけど、入るかな?」
 ん、と短く返事をし、口に肉棒を挿入した。亀頭部分でもう口がいっぱいいっぱいである。奥に進め、限界まで達すると三分の二くらいは入っただろうか。完全には入らなかった。
 紗枝は前後にゆっくりと頭を動かしだした。
「うあ、すげっ! 紗枝の舌がざらざらしててぬめぬめしてておかしくなりそう」
 フェラが初めてな瑠依は紗枝の舌に翻弄されている。
 カリを丁寧に舐めると、瑠依が苦しそうな顔をした。亀頭のトップは舌でグリグリと刺激すると熱く深い溜息をついた。
「すげえよ、紗枝」
 紗枝はすぽんっと瑠依のペニスを口から離し、今度は玉袋を舐めた。
 玉袋もペニスと見合う大きさである。そこを舌でつつくように責める。手でも、リンゴ狩りをするように、玉袋を丁寧に刺激した。
「ふっ、い、収穫はするなよ?」
「しないわよ」
 そう言って紗枝はペニスを持つと、つーっと舌を這わせる。裏筋がよく見える。美しく真っすぐな筋をマーカーを引くように指でなぞる。
 ビキッビキキ。
 瑠依のデカマラが余計に硬くなり、筋がより一層濃く見えるようになった。
「スゴイ……」
 素直に感嘆の声をあげてしまった。
「紗枝は怖くないか? 俺のコレ」
「ううん、だって瑠依のだもん」
 瑠依はそうか、とにっと笑った。歯は少し着色が目立った。ある日見た真っ白な歯は優璃によるものだった。
 今の双子の仲が分かって、紗枝はペニスを握る力が強くなってしまった。
「紗枝?」
「何でもない」
 ふるふると頭を振って邪魔な考えを追い出した。
 目の前に集中し、しっかりと瑠依と目を合わせた。
「私に本当のセックスを教えて」
 彼は少しびっくりした顔をした後、ニヤリと笑った。
「俺にも楽しいセックスを教えてくれ」
 お互いセックスには嫌な経験を持っている。しかし、紗枝と瑠依なら、それが払拭できるような気がした。
 ベッドに移動をし、二人は向き合う。電気の点いていない今、見えるのは目の前にいるお互いだけだ。
 瞳と瞳がぶつかり合う。夜のわずかな光を反射して、光を放っていた。
「綺麗な目だな。吸い込まれそうだ」
 顔を徐々に近づけていって、目の上にキスをする。くすぐったくて紗枝はくすっと笑う。瑠依の愛情を感じて嬉しかったのだ。彼にもそれが伝わったのか、オデコをこつんとぶつけてきた。
「いいか?」
「うん」
 紗枝が寝転び、左脚を上げた。大きく股が開かれる。
 瑠依が顔を近づける。荒い鼻息が陰部にかかる。暗闇でも見える位置まで近づくと、瑠依はほうっと息を吐いた。
「綺麗な真紅色だ。紗枝はどこも美しいんだな」
「恥ずかしいから、早くちょうだい」
 照れて顔を真っ赤にしている紗枝。ただ、この暗さでは瑠依にはバレないだろう。
 思っていた通り、彼はそんな紗枝に気づかず、自分の立ち上がったモノを持っている。
 左脚を肩にかけ、蜜が溢れた花に向かってゆっくりと竿を挿入し始めた。やはり思っていた通り、瑠依のデカマラは体に負担をかけている。ぎちちと蜜壺が限界まで押し広げられる。
「大丈夫か?」
 紗枝の額は汗でぐっしょりと濡れている。瑠依はできるだけ負担を小さくしようと、乳首をリッピングする。
「あっ、んん……きもちいい」
 豊満な紗枝の胸を瑠依も夢中でしゃぶった。
 この姉弟は母親に飢えているんだなと快感の中で朧げに思う。
 瑠依は紗枝の下腹部に確かな手応えを感じていた。
 ズチュズリ。
 紗枝の愛蜜が潤滑剤となって滑りが良くなったのである。瑠依は今がチャンスだと思い、自分の息子を紗枝に埋め込んだ。
 ズンッ!
「あっ!」
 衝撃で紗枝の体が逃げた。勢いでヘッドボードに頭をぶつける紗枝。想定してなかった事態に瑠依は焦った。
「大丈夫か、紗枝」
「大丈夫。それよりも瑠依のすっごいね。膣のナカみっちり埋まっている感じがする」
 まだ入りきっていない部分を優しく撫でる。
「ばか。そんなことしたらまたデカくなるかもしれないだろ」
「これ以上大きくなるの?」
 紗枝が横を向き、流し目で瑠依を煽ってくる。その表情でオスの部分がビシバシ刺激されて、瑠依は牙を出した。
「え。ちょ、急に動かさ……ん!」
 ズンズンではなく、ズシンズシンと体に響く衝撃にこんな経験ないと紗枝は少し怖くなった。これが瑠依のペニス。とんでもない暴れん棒だ。
 瑠依の顔を見たら、舌なめずりをしている。楽しんでいるのだ。
「るい、もうちょ、い、てか、ぁ、ゲンッ」
「何言ってんだ、紗枝」
 瑠依のガマン汁も相まって滑りが余計に良くなり、瑠依の腰のスピードも上がる。それと共に、紗枝もきちんと感じるようになってきた。
「あっ、あああ、あんっ!」
「可愛い声だな。食べたいくらいだ」
 声を食べたいとは不思議な人だとは思ったが、声をあげたくなったので、瑠依の首に腕を絡めて彼の唇に自分のものを押しつける。紗枝がキスをリードしつつ、瑠依は動きに集中した。
「やべー、きもちいいよ。溶けそうだ」
「わたしも……んあ!」
 もう一度唇を合わせると、んちゅちゅぱとリップ音を立てながら、瑠依の唇を吸う。瑠依は紗枝のキスの巧みさに翻弄されながら、欲望に忠実に紗枝の膣内を動き回る。
 瑠依の肉棒と紗枝の膣は相性が良かった。刀がきちんと鞘に収まるようにぴったりと形がフィットする。
 音が部屋中に響く。
 ズコッ! バコッ!
「ああん! はぁ! あ!」
「ふっ、ぅあ、はあっ、紗枝のナカいい! いいよ!」
「瑠依のも!」
 手を合わせて握りしめる。二人が本当に心が繋がった瞬間であった。
「イく!」
「あ、い、イって! るい!」
「ぐうっ」
 ぴゅっぴゅぴゅと濃くドロドロとした大量の精液が紗枝のお腹の上に吐き出される。
「はあっ、はあ、瑠依の精液濃いね」
「はっ、はっ、ずっとガマンしてたからな」
 瑠依は自分のザーメンを片付けようと枕元のティッシュを取ろうとした。
「待って」
「なんだ?」
 紗枝はベッドサイドのテーブルからローターを取り出した。一回使っただけの、瑠依が越してきた日に使ったローター。
「これにそれ塗って」
「え? いいけど何するんだ」
 おもむろにローターを秘部につけた。
「くっ、あん!」
「お前、何して?」
 先ほどの交わりで全身汗だくの紗枝が瑠依のアソコを見ながら、彼の精液つきローターで自慰をしている。舌がペロリと覗いている。
「う、そんな顔されたら、俺もまた勃つじゃないか」
 そう言いながら、すでに反り立っているジブンがいる。
 ヴヴヴヴと機械音が響く中で、自慰大会が始まった。お互いがいるのに挿入はせず、相手が自分を慰めている姿を見ながら己を慰めるのだ。二人は壁を挟んでお互いを想像しながら自慰をしていた人たちである。直接相手を見ながら自慰など、初級レベルに近かった。
「な、なあ!」
「あっ、なに!」
「お前の現実の自慰って、俺が思ってるよりもっとエロかったんだな」
 M字に開脚し、ベッドに身を倒している紗枝は陰唇が微かに開いたり閉じたり、艶めかしく蠢いている。女体の神秘を見て、瑠依はジブンを摩る手の速度がヒートアップする。
 シュねちゃシュシュねちゃ。
 ガマン汁がじっとりと噴き出してねばついた音を発している。それが今度は紗枝の聴覚を刺激した。
(今、このローターにはアレがついてるんだ……瑠依の……)
 ローターを最大にした。
 ヴっヴヴヴっヴ!
「あっ、あああああ!」
「ぐっ、くそ、負けるか!」
 二人はイくまでずっと互いの性器を見つめ合った。

「ねえ、二回戦目しよ?」
「本当性欲強いな」
 自慰の疲れから、ベッドに横たわっていた瑠依は首の後ろを触った。そして、立ち上がり、服を取りにダイニングへ行ってしまった。
 布団を被り、むすっとしていると瑠依が服を着て戻ってきた。もう紗枝の涙で濡れていたTシャツは乾いたようだ。
「俺、寄るところあるから」
「こんな時間に? 大阪で?」
「ああ」
 バツが悪そうにしているのを見て、心当たりを探す。そして、ハッとした。もしかして、優璃もこちらに来ているのではないかと勘付いたのだ。
「ねえ!」
「しーっ」
 瑠依は人差し指を立ててそれ以上の言葉を紡がせようとはさせてくれなかった。
「じゃあな」
 時計を見ると、もう0時過ぎである。「気を付けて」と祈るように紗枝は彼を帰した。

 翌日、夢心地で花屋に出勤すると、店の中に茶色の髪をした、スリムな人がいた。背中からしか見られないが、あの髪の切り方、立ち方、体型は間違いない。あの人だ。
「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしています」
 その人は顔が見えないまま去って行った。店長は扉の外までその人を見送っている。
「おはようございます」
「おはよう、紗枝ちゃん」
 店長は鼻歌を歌いだしそうなほどご機嫌である。
「さっきの人見た?」
「いえ……」
「えらい美人さんでびっくりしたで。ええもん見たわ。あれ? 昨日見たんと違う人かな? 似ているような……」
 紗枝はふと気になったので、ぶつぶつと呟いている店長に先ほどの人が何を買ったのかを聞いた。
「ラグランジアや。できるだけ青のいうて。だから、とっておきのを渡しておいたん」
 店長はフフと笑った。よほど、その客のことを気に入ったのだろう。紗枝は曖昧に返事をしつつ、あの人のことを考えた。
 ラグランジアはアジサイの一種だ。『移り気』なんてマイナスな花言葉で知られている。
(もう私から気が移ってしまったから? いや、そんなの高慢だ。私はきっと一年前にもう見放されているんだ。だから、新しい人にあげるのだろう)
 涙が滲んで目の前が見えなくなる。慌てて袖で涙を拭うと、花の世話をした。
 花を見ていると色とりどりで癒される。それに香りもよく、楽しませてくれるから好きだと紗枝は他の話題に飛ばないように花だけを愛でた。
「お先に失礼します」
「今日はえらい張り切ってたなあ。何やこのあとあるんか?」
「いえ、特にそういう訳では」
 何もない。いや、ある。紗枝にはやることがある。
 優璃に会うこと。
「やっぱりありました! お疲れ様です!」
 紗枝は走り出した。スニーカーで良かった。ある日、瑠依と話してて遅刻しかけたとき、ヒールで走ったことがあった。
 息を切らしてアパートの前に来ると、茶髪の男女か分からない人が鉢植えを持って佇んでいた。
「優璃……」
「紗枝」
 一年前と変わりない、穏やかで優しい声だった。

第八章 ラグランジア

「こんばんは。おつかれ」
「え、うん。ありがとう」
 普通に話しかけられて紗枝は調子を崩した。ずっと崩しているが、今は動悸が激しい。
「昨日、瑠依が来たでしょ」
「うん」
「こんなところで話すのも違うか」
「うん」
 上がってとは言葉で伝えられず、行動で示すしかなかった。大人しく優璃は鉢植えを大事そうに持ってついてくる。ちらりと後ろを向く。電気で照らされた鉢植えの中のラグランジアは深い青色だった。
(瑠璃色っぽいな。優璃瑠依の双子みたい。そういえば、二人って、名前を繋げると『瑠璃』なんだな)
 403に着く。鍵を開け、優璃に「どうぞ」と手で示す。
「お邪魔します」
 優璃は丁寧に靴を揃えた。
 珍しそうに部屋を観察する優璃。昨日の瑠依と全く同じで思わず肩の力が抜けた。
「はー、もうやめよう」
「え、何を?」
 考えることを放棄した紗枝は優璃にハーブティーを出した。
「あっ、これ」
「あ!」
 ハーブティーのアソートを購入して飲んでいるのだが、その中にカモミールティーがあることをすっかり忘れて、たまたま優璃に出したお茶がそれだった。
「カモミール好きなこと覚えててくれたの?」
 キラキラと輝く目で紗枝を見る優璃は期待している。
「うっ、ま、そうかな」
「嬉しいなあ」
 優璃の頬を見ると、白い肌が薄ピンク色に染まっている。可愛い。
 しばらくの間、お茶を啜る音以外、無音だった。その沈黙を破ったのは紗枝だった。
「なんで茶髪にしたの?」
 紗枝は双子の絆に亀裂が入って、優璃が髪色を変えてしまったと思っている。
 優璃は髪を一房持ち上げ見ると、「似合ってない?」と聞いた。
「歯科衛生士の仕事してるって言ったっけ?」
「瑠依から聞いた」
「そっか。それで転職するときにやっぱり青じゃダメだって言われてさ」
 納得である。青髪の医療従事者を紗枝は見たことがない。紗枝自身、病院とは無縁な生活をしているということもあるが、それでも青髪はイメージがつかない。
「なんで転職したの?」
「もっと給料が欲しかったから」
「そうなんだ」
 何故とは聞けなかった。個人的なことだし、ネガティブな理由だったら、この場の空気が悪くなるだろう。だから、紗枝はできるだけ言葉を選び、優璃に訊ねた。
「あのー、昨日瑠依が優璃のところに帰ったと思うんだけど、二人はどこに?」
「大阪のホテル。紗枝を捜しに」
(私を捜しに?)
 この双子は一年間、何をしていたのだ。何故、優璃がもっと稼ぎがいい仕事に就かなくてはならなかったのか。どうして、瑠依はここが分かったのだろうか。疑問が溢れる。
「紗枝の顔に出てるから言うけど、この一年、私が働いて、瑠依が紗枝を捜すってことしていたの」
「なんで私の居場所が分かったの?」
「ふふ、秘密」
 探偵でも雇ったのだろうか。それにしても、東京から大阪まで捜しに来るとは。いや、聞いていないだけで他の地方都市にも行っているかもしれない。
 この双子を想うと、はらはらと涙が勝手に零れた。
「泣かないで、紗枝。もしかして、イヤだった?」
 子供のように泣きながらふるふると頭を振る。そんな紗枝の頭を優璃がそっと抱きしめる。
「ねえ、紗枝。私たち一年間長かったよ。初めてきょうだい喧嘩なんてしたし、紗枝を想って二人で泣いたこともあった。私たちはあなたを愛して愛してやまなかったのよ」
 話を聞いていたら、自分は馬鹿だと紗枝は思うようになった。こんなに自分を気にかけてくれる人なんて他にいないのに、自分から手放したのだ。そんな愚かなことはない。
「ごめんね」
 紗枝は優璃の体に腕を回した。優璃はただ「うん」とだけ言った。紗枝を責めない気遣いがありがたい。抱き着いて薄い胸元に顔を埋めた紗枝はあることに気が付いた。上目遣いで優璃を見る。
「優璃」
「なに? そんなに可愛い顔して」
「香りが違う」
「よく分かったね」
 スイカズラという花の香りだと言う。
「ジャスミンのような香りだね」
「うん。でも、ジャスミンじゃなくて良かった」
 紗枝が口にすると、困ったような顔をして優璃は壁を見た。
「あの、最初の日ね。うちに来た日。実はあのとき飲んだお茶も、寝室のアロマも、媚薬効果があるものだったの」
 突然の告白に紗枝は動揺した。
(じゃあ、あの時の魔法にかけられたような感覚って、優璃によってわざと引き起こされたものだったの?)
 あの戯れも、優璃によって仕組まれたものだったのか。
「……違う」
「え?」
 紗枝は顔を上げ、両手でがっちりと優璃の顔を掴んだ。
「優璃ずるいよ。いつもそうやって自分が悪くなればいいとか思ってるでしょ。それってずるいし、酷いよ。だって私の気持ちが嘘だって優璃が言っているようなものだもの」
 優璃は紗枝の言っていることが分からず眉間に皺を寄せた。瑠依にそっくりだった。
「私は優璃が気になってた。一目惚れかもしれない。カウンターで優璃が声をかけてくる前から」
「それって面食いすぎない?」
「お互い様でしょ」
 それもそうねと優璃は眉を八の字にして微笑した。それは照れている子供のような幼い顔だった。
「そういえば、ラグランジアはなんで持ってきたの?」
 両手を離した紗枝が鉢植えを指差した。ああ、これと優璃が両手でそっと持つ。そして、紗枝に差し出した。
「私に?」
 受け取ると、深い青色が美しかった。
「それが私たちの気持ち」
「『移り気』ってこと? やっぱり私から離れてしまうの? これはお別れ?」
 涙もろい紗枝は言葉を紡ぎながら自分で傷つき涙を流した。優璃は刺繍の入ったあの不快青色のハンカチで涙をぬぐう。
「違うの。私たちから贈る花言葉は『辛抱強い愛情』なの」
「しんぼうづよい……」
 この双子は一年間、紗枝を捜し続けて、ようやく大阪で見つけたのだ。辛抱強くなければ成し遂げられないことであっただろう。紗枝は二人の苦労を想って、また泣いた。
「紗枝、聞いて」
 正座をして子供に言い聞かせるように手を繋いで紗枝の太ももの上に置いた。
「私たちね、今3LDKに住んでいるの」
「それって」
「そう、紗枝が言っていたじゃない。一緒に住むって」
 紗枝は合点がいった。東京で3LDKだと分譲マンションくらいしか安く済む方法がないだろう。そして、弟は紗枝を捜しに全国を走り回っていた。だから、姉はもっと稼ぎがいい職業に就いたのだ。
「ごめんね、私が無責任なこと言ったから。あのときは双子の仲を引き裂いたと思った」
「私たちを舐めないでいただきたいわね。そんな柔な絆していないわ」
 紗枝は優璃が瑠依に贈ったルームフレグランスを思い出していた。あれが撤去された理由が分からない。
「ルームフレグランス? ああ、バニラの香りのね。瑠依が『タバコの匂いと同じだから吸いたくなる』って言うものだから、他の人にあげちゃったの」
「え! 大切な引越し祝いだったのに」
「紗枝も選んでくれたものだったのにごめんね?」
 両手を合わせて、首を少し傾ける優璃。可愛らしい仕草に、見た目とのギャップでやられた。何でも許せる。
「それで紗枝どうする?」
「どうするって?」
「東京で一緒に暮らそうよ」
 紗枝は悩んだ。双子と一緒に暮らすのは別にいい。むしろ、自身が提案したことだから、拒否する権利はない。だが、職のことを考えると難しいだろう。
「どうしようかな……」
「それやったら、うちの本部が東京さかい。本部にかけおうてみようか?」
「え、いいんですか?」
 翌日、開店前に店長に相談したら、あれやこれやと話が進んで、東京の本部勤めに異動することになった。
『どんな魔法使ったの?』
 優璃から驚きのメッセージがきた。優璃の連絡先は一年前に渡されたが、やっとフレンド追加したのが昨日のことである。紙を同僚に渡した当の本人が覚えていないくらい昔に思えた。
 引っ越しの準備を終え、ラグランジアを大事そうに抱え、お世話になった花屋を回って挨拶をした。
「あ、そのラグランジア。ははーん」
 店長に深く突っ込まれそうだったので、「お世話になりました」と言いながら逃げた。

第九章 帰京

「ん、はっ、あっ」
「むぐっ、ふっ、うっ」
「はあっ、ぐっ、」
 二人の女の喘ぎ声と男の低く荒い息が部屋の壁にぶつかって木霊する。
 その姿は実に歪だった。
 女二人――紗枝と優璃が貝合わせでお互いの性器を擦り合わせている。
 一方で紗枝は身体を捻らせて瑠依の大きなペニスを咥えて舌で裏筋を舐めている。
 双子と一斉に交渉することが紗枝の日課となっていた。
「ぐっ……!」
 ぴゅっ!
 紗枝の口内に瑠依のザーメンが発射された。その巨大なマラから出た液の量も並みではなく、口から零れるほどであった。
「ねえ、ん、それって美味しいの?」
 腰を振り、紗枝のクリトリスに刺激を与えながら、優璃が尋ねた。
「んあ! ん、優璃も飲む?」
「弟のを?」
「舐めるだけでも」
 腰を擦りあうのを一旦止めて、優璃は紗枝の口の端から漏れている弟の精液を舐めた。
「どう?」
「うん、悪くはないかも」
「姉貴に褒められてもな」
 会話をしながら、次はどうしよう、次はこうしようと三人の間で会議があり、前戯があり、後戯があった。本番は紗枝と瑠依がシてるのを優璃が見て嫉妬し、その後、優璃が紗枝を良くし、紗枝はそのお返しをした。

 紗枝が東京に戻ってきてから、双子に部屋を割り当てられた。一番日当たりのいい部屋だった。
「え、優璃がここ使いなよ」
「いいの。その代わり……」
 交渉をするときには紗枝のベッドに集合になったのである。
(そのためにベッドがキングサイズなのね)
 部屋を妙に圧迫するベッドの存在理由が分かった。
「じゃあ、双子一緒にするってこと?」
「紗枝がイヤじゃなければ」
 本人たちがそれでいいならいいが、きょうだいのシてるところを見ても平気なのだろうか。一年前は、それが原因で瑠依が悩んでいたのではなかったか。
「瑠依とシたんでしょ?」
「ぶっ」
 優璃に唐突に言われて、飲んでいたハーブティーをふき出した。
「なんで知ってるの?」
「瑠依がタイトなズボンを穿くようになったから。コンプレックスを解消してくれる人なんて紗枝以外にいないよ」
 紗枝は姉の観察力の洞察力の恐ろしさを知った。

「髪の毛伸びてきたな」
 瑠依が紗枝の髪をさらりと流した。ソファで二人でくつろいでいるときである。
「じゃあ、瑠依のところ予約しなきゃ」
 スマホを見せると、にっと笑った。その歯は真っ白く輝いていた。
 現在、紗枝は大手花屋チェーンの本部で営業を、優璃は歯科医院で歯科衛生士を、瑠依は自分で店を立ち上げ店長をしている。
 家事の当番は交代制で行っているが、出張が多い紗枝と一日中店にいることもある瑠依は優璃に任せきりだったりする。
 朝起きて、紗枝は優璃におはようの口づけをすることが多い。瑠依はいつも時間が合わないので、その習慣に嫉妬しているからか、夜のキスが激しい。

 そんな生活を続けていたとき、優璃がげっそりとして帰ってきた。
「どうしたの?」
「優璃が珍しいな」
 紗枝と瑠依が迎えに出ると、優璃が抱き着いてきた。
「癒して」
 アルコール臭が鼻をつく。今日は飲み会だったらしい。一言もそんなこと言わなかったから、突発的なものだろうと二人は予想した。
「瑠依はお水持ってきて」
「俺が運んだ方がよくない?」
「まあまあ」
 紗枝に言われた通りにする瑠依。
 取り残された紗枝は優璃の目を見る。虚ろな目をしていた優璃が目の前に紗枝が来たので、目を輝かせて飛びついた。
「よしよし」
「えーん」
 優璃の背中を摩ると、鼻をすする音が聞こえた。
(マジ泣きだ)
 瑠依が持ってきた水を飲ませて二人で寝室に運んだ。優璃の部屋にはアロマの香りが充満していた。これはラベンダーだろうか。
「俺早いから寝るわ。後よろしく」
「うん、いいよ。おやすみ」
「おやすみ」
 静かに扉が閉められた。
 電気が邪魔になるだろうと思って、電気をぱちんと消す。
「おやすみ」
「えー、一緒に寝ようよー」
 今日は駄々こね優璃である。子供のように可愛らしい顔に似合わない、酒臭さが口から漂っている。普段とは違う彼女にため息を吐きながら付き合ってあげる紗枝。
「はいはい、どうちたんでちゅかー?」
 赤ちゃん言葉で喋りかけると、優璃の中で何かが爆発した。
「まま、服脱がして」
「はいはい」
 紗枝は今日はノリがいい優璃だなと思いながら、彼女の服に手をかける。暗闇でまさぐりながら下着まで全て脱がせてあげた。
「ありがとう」
「じゃあ、私も寝るね。おやすみ」
「まって、まま」
 優璃は紗枝の服を引っ張った。くいくいと。
「何? どうしたの?」
 普段とは逆で紗枝が優しい声で優璃に話しかける。そこでハッと気づいた。
 優璃の目が暗闇の中でギラギラと光っているのだ。
 これは酔っ払いのお遊びではなく、本気のプレイだ。ごくりと唾を飲み込んだ。
「ままも脱いで」
 言われるがまま紗枝は自分の服を脱ぎ始める。まるで優璃に操られているようだ。
「まま、こっちきて」
 ベッドをぽふぽふと叩く優璃は本当に無邪気な子供のようだ。
「どうしたの、優璃」
 下着まで取り去った紗枝が優璃に近づくと、豊かな実りにいきなり食いついた。
 ちゅうちゅぱちゅ。
「んあ、あっ、ゆり!」
「あむむ」
 乳首を甘噛みして、舌で転がす。絶対に赤ちゃんではできない芸当である。これではただの前戯である。
 優璃の手はやわやわと重いおっぱいを弄っていた。たまに乳首を指が掠め、紗枝の快感となる。
「はあっ、んふっ、ふっ」
 声を出さないように口を手で塞いだ。これで瑠依には聞こえないはずである。久しぶりの優璃との交渉に紗枝も興奮し始めていた。
「まま、声でないの?」
 優璃は手の上からキスをする。そのキスがおでこや、肩、二の腕とどんどん下って行く。
 へそをぐりと舌で刺激すると、優璃は顔を上げた。
「まま、ジュースいっぱいだね」
 そう言って、再度頭を下げ、秘密の花園へ近づいた。
「ちょ、ゆりぃ……んぁ」
 ぴちゃとミルクを飲む子猫のようにちろちろと舌を這わせる優璃。
 声をガマンしようとすると、何故か汗がぶわっと噴き出す。六月の湿気が伴ってむわむわとした蒸気が出ているように体が熱い。
「あつい……」
「だいじょうぶ?」
 口の周りを愛液でべとべとにした優璃が聞いた。優璃の頭を一撫でし、「大丈夫」と掠れた声で言った。
「その声いいな」
 光が入ってきたと思ったら、その先には瑠依がいた。
「あ……」
 紗枝は気まずそうな声を出す。優璃はまだ頭が弾けているらしく、不思議そうに瑠依を見ている。
 瑠依は首の後ろを触りながら、「あー」と声を出して、紗枝と同じく気まずそうにしている。
「優璃預かろうか?」
「いや!」
 優璃が拒否の声をあげる。
「るいもいっしょ」
「俺も?」
 少し考えた後、部屋に入ってきた。

最終章 瑠璃

「まま、みぎのおっぱいおいしい」
「左のおっぱいもおいしいよ」
 優璃は元に戻ることなくずっと幼児退行したままだ。おままごとに付き合うように瑠依が紗枝のおっぱいに吸い付いている。しかし、表情を見る限りでは、嫌々やっているとは思えない。結局、二人とも、大きくて柔らかい、紗枝の乳房が大好きなのだ。
 そっと瑠依が手を紗枝の秘所へ……。優璃からは死角であるため、おっぱいに夢中な優璃は気づかない。紗枝は気づいていて、瑠依の筋張った手を待つ。
 先ほど、瑠依に中断されるまでぬるい愛撫を受けていたので、しっかりした刺激が欲しかった。
「あん!」
 つぷっと瑠依の指がナカに侵入してきた。
(そのままめちゃくちゃにして)
 目で瑠依に訴えた。瑠依は舌を少し出し、汗だくになって黒い髪の毛が張り付いている紗枝に色を感じ、奮起した。
 ぶちゅ。ぐちゅちゅ。
「はあん! んあ! う!」
 座っている紗枝は大きくのけ反った。その反応についていけず、しゃぶっていた乳首を離してしまった。
 そのままベッドに倒れるように横になり、次には寝息を立てていた。
 紗枝と瑠依はそれどころではなかった。
 指が激しくナカを蠢く。紗枝のイイところを知り尽くしている瑠依は紗枝を一旦、絶頂に持って行こうと泡立つほど指をかき混ぜた。
「あああ! あぁ! んっあ」
 膣の収縮を指で感じると、そろそろイキそうである。
「イけ、紗枝」
 ぐりとクリトリスを強く押した。
「いくううううううう――!!」
 瑠依のいつの間にか三本入っていた指をきつく締め付けて紗枝は高みへ登った。
 脱力すると、優璃の横にベッドに倒れこんだ。
「はあ、はあ」
 汗が酷く出ていてもわっとした蒸気が紗枝から出ている。
 瑠依を見たら、ペニスが太くギチギチに勃起している。
「ねえ、上がいい? 下がいい?」
「今日は下がいいかな」
 二人は抱き合って、深いキスをした。

「なんで優璃は幼児退行したの?」
 ちゃぷんと湯船のお湯が揺れる。
「ストレスがかかったんだな」
 ちゃぷと瑠依がお湯をすくう。二人は一緒にお風呂に入っていた。
「飲み会で何かあったんだろうけど、あれじゃ覚えてないな」
「さっきのことも?」
「ああ」
 普段はしっかり者の優璃にも限界があると知った紗枝は一番年上の自分が頑張らねばと思った。

 翌日、頭を抱えた優璃が起きてきた。
「おはよう……」
 酷くだるそうである。
「おはよう。頭痛い?」
「うん……」
 反応が鈍い。
「おはよう」
 瑠依も起きてきた。姉の姿を見て心配をしている。その間、紗枝は三人分の朝食を作っていた。
 卵焼き、お新香、白米、そして味噌汁。味噌汁は優璃のために少し濃いめに作ってある。
「二人とも歯を磨いてきなさい」
「はーい」
 双子は声を合わせて、共に洗面所へ向かった。
「いただきます」
「召し上がれ」
 紗枝の対面に双子が座っている。
 優璃は食欲がないのか、味噌汁だけ啜った。
「優璃食べないなら卵焼きくれよ」
「いいよ。ごめんね、紗枝。せっかく作ってもらったのに」
「ううん、いいの。分かってて作ったから」
 本当に申し訳ないと謝りながら、味噌汁を啜っている。
「昨日のこと何も覚えてないんだけど、何か覚えてない? 何か服脱いでたんだけど」
 瑠依と紗枝は顔を見合わせた。
「帰ってきて速攻で部屋に入ったから分からないな」
「うんうん」
 怪しいという目をしながら、記憶がなくなるまで飲んだ自分が悪いと自分のこと以外責めなかった。紗枝は「これだから」とため息を吐いた。
「やべ、俺もう行くわ」
「行ってらっしゃい」
 二人で瑠依を送り出した。
「で、結局何があったの?」
 頬杖をついて、ダイニングテーブルをトントンと叩いている。
「何もなかったよ」
「隠し事が上手になったことで」
 拗ねた優璃。
 紗枝も出勤時間が近づいている。立ち上がって優璃にキスをすると、バッグを持って玄関に向かう。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
 玄関まで追いかけてきた優璃にもう一度キスをする。これ以上のキスは化粧が崩れてしまうのでガマンした。
 紗枝はこの家庭を守るのは自分だ、と心に刻み、清々しい朝の道へ一歩踏み出した。
 道端には美しい瑠璃色のアジサイが咲いていた。

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